日本一雄大荘厳な磨崖仏

国東半島を巡っていてどうしても立ち寄ってみたいところはまだまだあります。

参拝日:2017.3.18

山間の集落の中の細い生活道を登り切った所に駐車場があり、その入り口の左手受付で200円の拝観料を納めさせていただきました。
そして磨崖仏までの登りの参道の入り口に「胎蔵寺」さんのご朱印の受付の案内があったのでお願いしてから登ることにしました。

磨崖仏までの距離は350mで、そのうち鬼の石段といわれている場所までは舗装された263mの登りの山道が続きます。

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その地点にベンチが置かれ休憩所のように待っている場所があり、小さな石の鳥居が立っています。
鳥居の先より、乱積みの石段が続いています。

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ここが鬼が一夜にして築いたという伝説の石の階段だそうです。

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距離にして87mほどに過ぎないが、大小の石を乱雑に積んだ階段は登りにくく、両脇に設けられたスチール製の手すりが頼りの難所です。

その伝説というのは
「大昔、この付近に鳥や獣を食って暮らしていた鬼がいたそうです。だが、それらを食い尽くした鬼は『このあたりの田染(たしぶ)の人間を食うことを許して頂きたい』と熊野権現に願い出ました。
困った権現は一計を案じて『石の仏に詣でるこの山道に一夜のうちに石を積んで百段を築いてくれるなら許そう』と答えたそうです。
この付近は石がさほど多くないので、一夜のうちに百段の石段を築けるのは不可能だ、と権現は考えたようですが、鬼は疾風のごとく駆け回って石を探し、みるみるうちに石段を積み上げてしまいました。
驚いた権現は、早く夜が明けねば大変なことになると、近くの山に登って鶏の鳴き声を真似て夜明けを告げました。
この時、鬼はすでに九十九段まで石段を築き、最後の石をかついで立石峠まで来ていたのでしたが、鶏の鳴き声を聞いて精魂つきて倒れてしまったそうです」
という話が民話として残っています。

実際のところは磨崖仏造立のとき修行僧たちが信仰の一念によって築きあげた石段のようです。

その鬼の石段の途中に広場があり、その左手を見上げると、向かって右側の大日如来様の像と伝えられる(一説には薬師如来ではないかと)磨崖仏は像高さが約6.7m、

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そして左側には8mの高さの不動明王像がありました。

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受付でいただいたパンフレットにも「日本一雄大荘厳な熊野磨崖仏」と書いてありましたが、それも大袈裟な表現ではないなぁと実感しました。

さらに鬼の石段磨崖仏を通り越してさらに上まで続いていて、登り切ると熊野権現を祭る熊野神社がありました。

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帰り道は鬼の石段を下り舗装された参道の途中から右手に折れると「胎蔵寺」の裏手より境内に下りられました。
胎蔵寺熊野権現を鎮守としていたのですが、明治の神仏分離令により、熊野神社胎蔵寺に分けられ、今日に至っているそうです。

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胎蔵寺ご朱印

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