国東地方屈指の古刹(第九番 長安寺)

参拝日 2017.3.11

『概略』

金剛山 長安寺 天台宗

大分県豊後高田市加礼川635(地図

霊場御本尊 薬師如来 
ご真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

寺院御本尊 千手観音菩薩
ご真言 おん ばさら だるま きり そわか(おん ばざら だるま きりく・おん ばざら たらま きりく)

記事にも書きましたが、九州西国三十三観音霊場の第五番札所・天念寺ご朱印はこちら長安寺で授かることになります。

たまたま九州四十九院薬師霊場巡礼も始めていましたので薬師様巡礼と併せて伺うことができました。

長安寺六郷満山の中山本寺で、養老2年(718年)に仁聞菩薩によって聞基されたと伝えられる古刹です。

谷川に沿いながら山道を登りつめると、長安寺さんの駐車場に到着します。
別名「花の寺」と呼ばれるほど春はシャクナゲ、秋は紅葉と、その時季には大型観光バスで来訪される方も居られるとかで、駐車場は比較的広くとっておられました。

駐車場より少し歩いたところに間口の広い本堂があります。

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正面の扉は開け放たれ、ご本尊の「千手観音菩薩」がすぐに目に入ります。

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お寺の方にお声をかけて、四十九院薬師霊場と天念寺さんのご朱印を授けていただき、境内の散策をさせていただきました。

長安寺六郷満山の中山本寺として勢力を増大し、鎌倉期には六郷山の惣山として満山100余ケ寺を統治し学頭職として満山約1000人の僧侶を統率していたというほど全盛期を迎えていたそうです。

しかし関ヶ原の戦いで西軍に組した大友義統は徳川方黒田如水の軍と石垣原の合戦で大敗。
大友方の吉弘統幸(長安寺の別当職)はこの合戦で壮絶な戦死を遂げました。
翌年、統幸の残党の居る屋山城は黒田軍により攻撃され、長安寺も運命を共にしたという。

その後豪円和尚が長安寺の法灯を復興させますが、六郷満山の統括の資格は長安寺には戻らず、杵築城主の崇敬を受けた両子寺が満山の支配力を獲得したそうです。

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そのような歴史をたどった長安寺ですが、境内には深い樹木に囲まれながら経蔵・宝物殿・護摩堂などが立ち並び、本堂左手の山道を登ると奥の院へと続きます。

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寺宝には国指定の銅板法華経や天台僧・円尋が奉安したといわれている木造の「太郎天像」や二童子立像があり、とりわけ太郎天は不動明王を本地仏とするといい神仏習合の国東修験を髣髴させるものです。

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他にも国東塔や宝筺印塔など石造の文化財も点在していました。

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回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

ご朱印

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関連記事:両子寺 天念寺

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タグ: 九州四十九院薬師霊場  遍路  巡礼  ご朱印  第九番  長安寺  天台宗  薬師如来  千手観音菩薩  太郎天像 

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