仁聞菩薩自作の薬師如来(第十番 岩戸寺)

参拝日 2017.3.11

『概略』

石立山 岩戸寺 天台宗

大分県国東市国東町岩戸寺1232(地図

霊場御本尊 薬師如来坐像
ご真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか(おん ばいせいぜい ばいせいぜい ばいせいじゃ さんぼり ぎゃてい そわか)

寺院御本尊 不動明王
ご真言 なま さまんだ ばさらなん せんだ まかろしゃな そはたや うんたらた かんまん
(なまく さまんだ ばさらなん せんだ まかろしゃな そわたや うんたらた かんまん・のうまく さんまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん)

岩戸寺は養老2年(718年)に仁聞菩薩によって開かれたと伝えられ、六郷満山の末山本寺でした。
末山(すえやま)本寺とは、一般大衆に布教するお寺のことだそうです。
ちなみに他に学問をするため本山(もとやま)、修行をするための中山(なかやま)ふたつの群がありました。

駐車場から少し長めの緩やかな上り坂の参道を進むと日本最古といわれる仁王像が迎えてくれます。

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仁王像の間を進むと山門があり、正面が本堂です。

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本堂にはご本尊の不動明王をお祀りし、その両脇に阿弥陀如来と釈迦牟尼が安置されています。

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こちらでご朱印をいただき、本堂左手より奥の院を目指します。

中腹まで差し掛かると、高さ3.3メートルの国東塔があります。
弘安6年(1283年)の銘があり、在銘の国東塔としては県下最古といわれ国の重要文化財となっています。

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国東塔より少し左に下ると茅葺の「講堂」があります。

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ここは無形文化財となっている「修正鬼会(しゅじょうおにえ)」の舞台となっている場所です。
その修正鬼会を執り行う僧侶は、参道沿いあった川で身を清めるそうです。

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この講堂内には江戸時代作といわれる薬師如来が奉安されています。

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元の山道に戻りさらに登ると正面に収蔵庫を兼ねた「薬師堂」に出ます。

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中には、霊場ご本尊で、平安後期に仁聞菩薩が自ら彫ったといわれるカヤの一木造りの薬師如来像があります。
保存状態もよくとても美しいお姿でした。

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その右手には寺号の謂れとも関係する「明賢」が修行した「明賢洞」もあります。

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話は横道に逸れますが、その謂れというのは

養老4年開基の仁聞菩薩六郷満山が成就した時、俊足の岩戸寺先達の明賢を奈良に遣わしました。
明賢が播磨の国に来たときに洋上に一身七頭の鬼形が漂うのを見て、これを加持力で岸に引き寄せ、その首を取り叡聞に至れば
「異敵の首を王城に埋めるは障りあり、汝が国に埋葬すべし」
との宣下により、吾山に埋め石の戸をもって堅く閉ざしたことにより石立山岩戸寺と号することになったそうです。

さて山道をいま少し登りつめると六所権現社にたどり着きます。
こちらでも神仏習合の修験の時代を彷彿とさす空気に満ち満ちていました。

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回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

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ご詠歌

あらとうと 岩戸の薬師 ぬかづ希(け)ば
         慈悲のみ心 十二のご誓願

ご朱印

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