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雨水 | うすい | 土脉潤起 | つちのしょううるおいおこる | 三寒四温 | 春キャベツ | 歳時記 | 二十四節気 | 七十二候

記事提供:おふぃす・ふぇにっくす

四国では2019年より7日早く12日に「春一番」が観測されました。
九州でも吹きそうでしたが、吹きそびれたようで今週は一時的に寒さが戻りそうです。三寒四温を繰り返しながら季節は着実に春に向っています。

雨水 土脉潤起

暦も二十四節気では「雨水うすい」に、そして七十二候も「雨水」の初候「土脉潤起つちのしょううるおいおこる」となります。

雨水うすい

雨水

空から落ちてくるものも雪から霙、そして雨へと変わり、積もっていた雪も徐々に溶け始めます。
「暦便覧」でも『陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり』とあります。
そして凍てついたり乾燥により堅くなっていた地面も潤いが戻り、柔らかくほぐしていきます。この時期より寒さも峠を越し積雪も少なくなっていきます。そんな気候、昔からそろそろ農耕を始める時期の一つとしての目安になってきました。

雛飾り

この「雨水」にひな人形を飾ると良縁に恵まれるという言い伝えもあり、この時期の晴れた日にお雛様を出して飾り付けてみるのもいいかもしれません。
ちなみに現代では「桃の節句」という言葉が主流となっていますが、3月3日は正確には「上巳(じょうし)の節句」と呼びます。

新暦ではあと2週間ほど、旧暦ではあと一か月余り、先祖や親の愛のこもった雛飾りと共に春を迎えてみたらいかがでしょうか。

 三寒四温(さんかんしおん)

この時期、気象情報などでよく聴かれる言葉で「三寒四温(さんかんしおん)」がありますが、その字のごとく3日寒い日が続き、4日暖かい日が続くその7日周期を繰り返しながら春に向っていくのです。
本来はシベリア高気圧の勢力が7日周期で強弱を繰り返すために起きる気象現象で朝鮮半島や中国東北部でその現象は顕著に現れます。
日本ではシベリア高気圧とともに太平洋高気圧の影響も受けるためはっきりしないことも多く、そのため最近では移動性の高気圧と低気圧が交互に来るための天気の周期的変化を言うことの方が多いようです。

土脉潤起つちのしょううるおいおこる

七十二候も第四候、雨水の初候となり田畑の土も少しずつぬかるんできます。
散歩の道すがら木々たちを注意深く眺めると芽吹きを見つけることも多くなってきます。

土脉潤起

そして地面の方に目を向けると土も潤いを帯び始めほぐれだし、土中で冬を過ごしてきた虫たちも少しずつ外に出やすくなっていきます。

さて現在では七十二候の第四候はこの「土脉潤起つちのしょううるおいおこる)」となっていますが、江戸時代までは「獺祭魚かわうそうおをまつる)」だったそうです。氷も溶けだした水中から魚を獲り、その魚を岸辺に並べて食べたことに因んでいました。最近有名になった日本酒の名前にもなっていますね。

旬の食材・春キャベツ

現代で一年中店頭で見られるキャベツですが、冬のこの時期に収穫されるキャベツは冬の時期に土の養分をしっかりと吸収し蓄えていますので一年中で一番甘いキャベツです。その上、巻も緩く葉も柔らかいので生食にはもってこいです。

春キャベツ

キャベツは体の余分な熱を取り除き、ビタミンKやキャベジン(ビタミンU)が含まれているので胃もたれや胃の痛みなどの改善をしてくれます。年始以来新年会続きの疲弊した胃には正に打ってつけの旬の食材です。
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魚上氷 | うおこおりをいずる | 二十日正月 | じゅり馬 | 沖縄 | 歳時記 | 七十二候

記事提供:おふぃす・ふぇにっくす

魚上氷うおこおりをいずる

2020年2月14日、世間ではバレンタインデーで大いに盛り上がるでしょうが、七十二候は立春の末候「魚上氷うおこおりをいずる)」となります。

魚上氷(うおこおりをいずる)

凍りついた川や湖沼も少しずつ春の温もりで溶け出し、その下では春の気配を感じ始めた魚達が動き出します。
この時季に見られる溶けかけて薄くなった氷を「薄氷(うすらい)」とも呼ばれ春の訪れが近いことを感じさせてくれるプレゼントです。

本来ならばこの時期の風物詩として氷上のワカサギ釣りがイメージされますが、昨今では異常気象のせいかしっかりと厚く結氷する湖が減り、氷上での釣りを中止し、ドーム船や屋形船、または桟橋からの釣りに変更するところも続出しています。

釣り人の安全確保という観点からやむを得ない措置だと思いますが、やはり掘った氷の穴からキラキラと上がってくる鈴なりになったワカサギも見てみたいものですよね。

氷上のワカサギ釣り

その「ワカサギ」ですが、別名「公魚」とも呼ばれています。
昔、常陸国麻生藩からあの子だくさんで有名な第11代将軍徳川家斉公に年貢として納められ公儀御用魚とされたことに由来しています。

頭から食べられるワカサギの天ぷらとこちらも旬の野菜の春菊の天ぷらなどはこの時期の最高のご馳走ですね。

ここ数日冷え込んではいますが、ひょっとすると今週末あたり九州では「春一番」が吹くかもしれません。春はもう、すぐそこまで近づいているのかもしれません。

春一番

二十日正月ハチカソーグヮチ

申し訳ありません。沖縄での4つ目のお正月を忘れていました。
2020年2月14日は旧暦では1月20日です。
本土では新暦の1月20日に二十日正月が行われるところが多いですが、沖縄では二十日正月(ハチカソーグヮチ)といって旧暦で行われます。

主に本島中南部で行われていますが、この日をもって正月すべての行事が完了します。
火の神様(ヒヌカン)や仏壇に二十日正月の報告して、正月の飾り物を片付け、簡単な供え物をします。

この日の特別な行事食はありませんが、年末に漬け込んだ豚肉の塩漬け(沖縄ではスーチカーといいます)がこの日で食べ終わるのでその甕を洗うことから「カーミー(甕)アレー(洗い)正月」「終わり正月(ウワイソーグヮチ)」と呼ぶ方もおられるそうです。

 ジュリ馬行列

この二十日正月の行事として那覇市辻町界隈で行われる「ジュリ馬行列」があります。
かつては「那覇大綱挽き」「那覇ハーリー」と並ぶ那覇三大祭りのひとつとなっていましたが諸事情により一時中断されていました。

その諸事情というのは、この行列の主人公でもある「ジュリ」と呼ばれた女性が琉球王府によって公設された遊郭で働く遊女だったことによるのです。

琉球時代、貧しかった農村では家庭の事情からの借金の形に已む無く遊郭に売られる娘達も多かったのです。遊郭に売られた娘達は借金を返済するまではもちろんのこと返済を終えた後でさえ実家に戻りたくとも「汚らわしい存在」として扱われ戻るに戻れなかったのです。

遊郭にいる間は自由に外に出歩くことなどできるはずもないジュリ達が唯一外に出ることが許されたのがこのジュリ馬行列だったのです。そして見物客に紛れていた家族に元気な姿を見せることができました。
自分の娘の姿を確認した家族たちは皆、目頭を熱くしたことでしょう。

このような悲しい歴史がありながら、時代のうねりか女性団体から「売春を助長する」「遊女や公娼制度を公認する」のはおかしいという声が上がり昭和63年から12年間途絶えてしまいました。
その後地域の方たちから「伝統の継承と地域活性化、観光客誘致」という観点から復活を望む声があがり平成12年から復活しました。

ジュリ馬行列は周辺の拝所を参拝しながらドラや三線の音や「ゆいゆい」という掛け声に合わせ、華やかな紅型衣装を身に纏い、春駒(馬の頭を象った飾り)をつけてジュリに扮した女性たちが踊り練り歩きます。

ジュリ馬行列
写真提供:沖縄観光コンベンションビューロー

観光客向けのイベント的要素も入ってはいるものの見学の際にはその裏側に潜む悲しい歴史的背景もくみ取りながら見たいものです。

ちなみに2020年のジュリ馬行列は3月29日(日)です。
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黄鶯睍睆 | うぐいすなく | 梅 | 初午 | 十六日祭 | ジュウルクニチー | 沖縄 | 歳時記 | 七十二候

記事提供:おふぃす・ふぇにっくす

黄鶯睍睆うぐいすなく

うぐいす ウグイス 鶯

2020年は2月9日より七十二候は「黄鶯睍睆うぐいすなく)」、うぐいすが泣き始める頃となりました。

ここにある「睍睆」という難しい漢字は、「けんかん」と読み、鳴き声の良いという意味です。

うぐいすは「ホーホケキョ」という美しい鳴き声が有名で、オオルリやコマドリとともに日本の三鳴鳥の仲間に入っています。

「ホーホケキョ」と鳴くのはオスで、その初鳴日が気象庁から発せられるほどです。
九州地方では概ね2月下旬です。
ちなみに九州・沖縄の2019年の初鳴き日
福岡2月18日 佐賀3月5日 大分2月5日 長崎3月5日 熊本2月21日 鹿児島3月21日 宮崎2月11日 那覇2月21日でした。(気象庁データより)

この頃のうぐいすの鳴き声は初音(はつね)といってまだまだ本調子ではなく、トレーニング中といったところでしょうか。

うぐいすは別名「春告鳥」「報春鳥」とも呼ばれ、まるでもうすぐ春だよぉ!と告げているかのように泣き始めます。

そのためかこの時期春の到来を予感させる花としてがありますが、「に鶯」という言葉が使われます。
しかしこれは春告鳥と春の訪れを告げるとのおめでたい2種の美しく調和する理想的なコラボレーションをイメージしたもので、によって来るのは殆どがメジロだそうです。

梅にメジロ

それはウグイスとメジロの食性によるものでメジロは花の蜜を吸いになどの花々に寄ってきますが、ウグイスは主にクモなどの昆虫を食べるため中々梅の枝にとまるウグイスにはお目にかかれません。

九州沖縄の梅の名所・梅祭り

梅に鶯ではないですが、この時期各地から梅の見頃情報が届いてきます。

梅 梅花

梅は菅原道真公の影響か九州各地に梅の名所があります。
また福岡県や大分県では県の花(大分県では県の木にも)に指定され馴染みの深い花木となっています。

そこで九州・沖縄の主な梅の名所を列挙しておきます。

・福岡県
太宰府天満宮
三岳梅林公園
白木谷梅林
宮ノ陣神社
八木山高原花木園
谷川梅林
梅林寺
普光寺

・佐賀県
高伝寺
牛尾梅林
伊万里梅園
・長崎県
島原城
梅園身代わり天満宮

・熊本県
人吉梅園
谷尾崎梅林公園
熊本城飯田丸梅園

・大分県
吉野梅園
おおくぼ台梅園

・宮崎県
月知梅
かいごん塔
市民の森

・鹿児島県
藤川天神(菅原天神社)
仙厳園

沖縄
屋嘉梅園

初午初午

さて2月9日は初午の日です。
各地の稲荷神社、稲荷社では五穀豊穣、商売繁盛、家内安全を願って初午」が行われます。

 由来

この行事の由来は、稲荷社の総本社である京都の伏見稲荷神社のご祭神のひと柱「宇迦御霊神」が伊奈利山に降臨した日が「初午」の日だった伝承に由来することから祭事を執り行われていましたが、その祭事がやがて全国の稲荷社に広まっていきました。

その初午祭、九州各地でももちろん執り行われていますが、新暦で行う神社や旧暦で行われる神社がありますので、お近くの稲荷社にお尋ねください。

 狛狐

ところで稲荷神社といえば狛犬ならぬ狛狐が鎮座していますが、この狛狐は口に「米蔵の鍵」「稲を刈る鎌」「稲穂」は五穀豊穣を、「巻物」は知恵をそして「玉」は神様の霊徳を表すシンボルとして咥えています。

稲荷神社 稲荷社 狛狐

田の神様は稲刈りが終わると山に戻り山の神となりますが、春になると山から降りてきて田の神様になります。
キツネも春が来ると山から下りてきて田んぼのネズミを食べ、秋になると山に帰っていきます。
そんな関係から狐は稲荷神の使いと信じられているのです。

 初午の行事食

初午の行事食といえば稲荷にまつわる「稲荷寿司」「お稲荷さん」ですよね。
なぜ稲荷社に油揚げを供えるようになったかはキツネの好物、ネズミの油揚げの代わり等々諸説ありますが、どうもキツネ、穀物、ネズミとの関連性から来ているようです。

稲荷寿司 お稲荷さん

その油揚げにお狐様がもたらしてくれたお米(酢飯)を詰めたものを供え食べるようになったようです。
ちなみにその形は東日本では米俵を連想させる「俵型」、西日本ではキツネの耳を連想させる「三角形」が多いようです。
さぁ9日の夕飯は節分の恵方巻に続いて「お稲荷さん」で決まりですね。

十六日祭ジュウルクニチー

2月9日は旧暦の1月16日。独特の風習がある沖縄では三つ目のお正月十六日祭沖縄ではジュウルクニチーと言われる風習が残っています。
このお正月は我々のお正月ではなくご先祖様、あの世(ウチナーグチではグソーと言います)のお正月です。
本島北部や宮古八重山地方では今でも盛んに行われています。
盛んに行われていない地域でも宮古八重山出身者などは那覇の三重城で出身地の島の方角に向って供え物をし、先祖への祈りを捧げています。

また身内で一年以内に亡くなった方がおられる場合は新暦の正月や旧正月は質素に行い、その分ジュウルクニチーを「ミージュウルクニチー(新十六日祭)」「ミーサー(新霊)」と呼んで墓参りを盛大に行うようです。

ジュウルクニチー シーミー

ジュウルクニチーは4月ごろに行われる「シーミー(清明祭)」と同様に墓前に親族一同が集まりが集まり、豚肉料理や豆腐、かまぼこなどを詰めた重箱料理を供え、のちにその供え物を食べます。
そしてあの世のお金であるウチカビという紙銭をご先祖様があの世でお金に困らないようにと燃やし行事は終了します。

ウチカビ 紙銭

 由来

その由来は、琉球王朝時代に元日から十五日までの諸行事を忙しく執り行っていた家来たちが、16日に故郷に戻り父母に会いに行ったのですが、その時父母は無くなっていて、已む無く墓前にて年頭の辞を述べたという故事に由来しているということです。

梅は咲いたか桜はまだかいな

さて「梅は咲いたか桜はまだかいな」という江戸端唄の一節をご存じだと思いますが、日本気象協会から2020年一回目の「桜の開花予想」が発表されましたので拝借して載せておきますね。

2020 桜開花予想 日本気象協会
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立春 | 東風解凍 | はるかぜこおりをとく | 春一番 | 立春大吉 | 馬耳東風 | 東風吹けば雨 | 歳時記 | 二十四節気 | 七十二候

記事提供:おふぃす・ふぇにっくす

福寿草 立春


明日は暦も一巡し新たな二十四節気立春、そして七十二候の第1候・東風解凍がスタートします。
冬が極まり、春の気配が立ち始める頃となります。
地面からは福寿草が顔を出し、九州などでは梅が咲き始めます。

そこでお知らせなのですが、これを機会にメインブログを徐々に下記に移行いたしますので、メインブログの方でお楽しみください。
九州・沖縄の四季を感じて
なお、過去記事はこちらに残させていただきますので過去記事をご覧になる場合は引き続きこちらでご覧ください。


立春

立春 梅 蕾

本題に戻りますが、旧暦では新年の始まりとされ、この日を起算日(第一日目)として八十八夜や二百十日、二百二十日などが決まっていきます。

よくニュースなのでは「暦の上では春」という言葉が発せられますが、本来は「春の気配が立ち始める日」なのです。

実際にも四国沖や東海沖、東シナ海などで発生して、日本の南岸を沿うように東北東の方向に進む南岸低気圧の発生も多くなり、寒気や荒天のピークとなる時期です。

その中でも少しずつ春に向って近づいていく気配を感じ取る古人のセンスには今更ながら感服します。

春一番

春一番

これから気象台より「春一番」を観測しました、という報に接することもあると思われますが実はこのは「春一番」は北海道、東北、沖縄では発表されません。

春一番」は北海道、東北、沖縄以外の地域で、立春から春分までの間で、日本海を進む低気圧に向って南側の高気圧から吹く10分間の平均風速が毎秒8メートルを超える東南東から西南西の風、しかも前日よりその日の気温が上昇していることといった要件満たした際に「春一番」とされます。

しかしながらこの「春一番」が吹くと翌日は寒さが戻ることも多く、それを「寒の戻り」と言っています。

とは言え「春一番」は確実に春が忍び寄ってきている気配には違いありません。

立春大吉

立春大吉 札

皆さんは寺社で「春分大吉」と書かれたお札を見かけられたこともあると思います。

このお札、縦書きであれば解りやすいのですが、この四文字は左右対称であることに気づかれると思います。

左右対称であるため表から見ても「立春大吉」裏から見ても「立春大吉」なのです。
これは節分で追い払われた鬼がリベンジではないでしょうが再度家の中への侵入を試みた時、鬼が表の「立春大吉」を目にしながら玄関から侵入してふと振り返るとそこにも「立春大吉」の札が・・・
それを見た鬼は「あれっ!?まだ家の中に入っていないと勘違いをして外に出て行ってしまう
ので、家の中には侵入されず一年間平穏無事に過ごせるというわけです。

このお札、寺社で授与しているところもありますが、自分で書いた札を貼っても効果はあります。
貼り方は、立春の早朝に玄関の右手、目線より高い位置に貼ること、そして画鋲や釘で張り付けるはダメだそうです。

今年は「立春大吉」のお札を手作りして貼ってみたらいかがでしょうか。

東風解凍はるかぜこおりをとく

冒頭にも書きましたが七十二候も一巡し第一候の「東風解凍はるかぜこおりをとく)」となります。
東から吹く春の風が、氷をとかし始める頃という意味です。

東風解凍 はるかぜこおりをとく

ここでは「はるかぜ」と読ませていますが、東風は「こち」とも読みます。

飛梅 太宰府天満宮

菅原道真公の
「東風吹かば にほいおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
は有名です。

馬耳東風

東風の字を見て「馬耳東風」を思い浮かべた方もおられると思います。

馬の耳 馬耳東風

この四文字熟語の意味は
「馬は自分の耳を撫でる春の訪れを感じさせてくれる東からの風にも感動を覚えることなどなく、いつもの普通の風としか感ぜず、受け流してしまう」
このことから転じて
「他人の意見や批評を心に留めようともしない」という意味になりました。

東風吹けば雨

さらにお天気のことわざで「東風吹けば雨」というのがあります。

雨を降らせる低気圧が西から近づいて、気圧の高い東から暖かく湿った風を巻き込みながら東進していきます。
そのため東風が吹いた後は、次第に雨が降り出すという雨の前触れなのです。

しかも再び寒気も流れ込みますので冷たい雨になるようです。

春を呼ぶ東風の暖かさと寒の戻りを繰り返しながら着実に春へと向かっていきます。
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節分 | 豆まき | 柊鰯 | 恵方巻 | 子泣き相撲 | 最教寺 | 風物詩

2020年の節分は2月3日です。
さてこの節分、実は年に4回あるのはご存じでしょうか。

節分は季節の移り変わりを的確に掴むために設けられた「雑節」(二十四節気・五節句・彼岸・社日・八十八夜・入梅・半夏生・土用・二百十日・二百二十日など)のひとつです。

その内「節分」というのは季節の分かれ目という意味で立春、立夏、立秋そして立冬の前日のことを指します。

では現代のように節分というのが立春の前日を指すようになったのかは、立春が、もう一つの新年と捉えられていたため、その新年を迎える前日、つまり大晦日(年越し)として四つの節分の中でも最も重要な日となったことが受け継がれています。

春の節分とは

節分 鬼遣(おにやらい)

豆まきなどを行う節分行事は中国より伝わった、宮中で平安時代から大晦日(旧暦の12月30日)に行われている「追儺(ついな)」という鬼(疫鬼や疫神)を祓う儀式(鬼遣・おにやらい)・宮中行事に由来していると言われています。

豆まきの由来

炒り豆 大豆 福豆

最近では住宅事情もあってか豆まきをする家庭も減ってきてはいますが、依然として豆まきは定着した行事として続いています。

一説によれば
「昔、鞍馬山の僧正が谷と美曽路池(深泥池)の端にある石穴から鬼が出てきて都を荒らすため祈祷によって穴を封じて三石三升の炒り豆で鬼の目を打ちつぶして災厄を逃れた」
という由来伝承によるもののようです。

何故「炒り豆大豆)」なのかというと、豆「穀物には生命力と魔除けの呪力が備わっている」と信じられていました。
また豆は語呂合わせで「魔目(まめ)」や鬼の目に投げつけて鬼を滅する「魔滅」に通じるからだと言われています。さらに大豆は昔、収量が多かったことが考えられています。

季節の変わり目には邪気(鬼)が生じやすくそれを祓う悪霊祓いをして一年間の無病息災を願ったため旧年の災厄を負って払い捨てられた豆から芽が出てしまっては都合が悪いのでしっかり炒って芽が出ないようにするという訳です。

豆まきの方法

各地、お祀りしてある主祭神の違いなどでやり方はいろいろあるようですが、一般的には「鬼は外、福は内」の掛け声とともに部屋の内から外に向って撒いていきます。
そして巻き終わったら豆を年の数またはそれより一つ多く食べて厄除けを行います。

柊鰯(ひいらぎいわし)


柊鰯

柊の小枝に焼いた鰯の頭を戸口に挿し、鬼が戸口より入ってこられないように魔除けとする風習です。

柊の葉の刺が鬼の目を刺すことによって鬼が侵入するのを阻止するのですが、鰯の頭については、塩鰯を焼く臭気と煙が鬼が嫌がるためという伝承や逆にその臭気は鬼の好みなのでその臭気や煙で鬼を誘うという言い伝えもあります。

行事食

恵方巻

恵方巻 太巻きずし 丸かぶり寿司

そもそも大阪など一部地域を除いて昔から食べられていたものではないようですが、最近では豆まきをする人より恵方巻を食べられた人の方が多くなったことからメジャーになってますので書き置いておくことにします。

恵方巻とは七種類の具材を中に巻いた太巻きずしで大阪では以前から節分に食べるという風習がありました。
その起源は諸説ありすぎてはっきりとはしませんが花街に集う船場の旦那衆が遊びとして始めたのが、後世に残ったという説が有力なようです。
その大坂ですら1970年代に入り寿司店や海苔組合、厚焼玉子の組合などが販促の為イベントやセールを行ったりして巻きずし(丸かぶり寿司)を広めていく活動した結果から広まったようです。

七種類の具材の定番は「かんぴょう・きゅうり・伊達巻(だし巻・厚焼玉子)・ウナギ(アナゴ)・桜でんぶ・しいたけ煮・プラス1(漬物など)」のようですが、その七種というのは「福を巻き込む」といって「七福神」に因んでいます。
また太巻きなのは逃げた鬼が置き忘れた金棒に見立てて鬼退治という説もあります。

そして節分の夜に恵方(2020年は西南西に向って願い事を頭に浮かべながら無言で一気に食べきると願い事が叶うと言われています。
この無言というのも別の地域では「笑いながら」としているところもあるようです。

今では一般化した恵方巻ですが、これが全国的に広まったのは最近で最初は「小僧ずし」が「縁起巻」として全国展開したのですが、この時は今のようなブームにはなりませんでした。

その後広島県のセブンイレブン入舟店のグループが「大阪の風習」を聞いて仕掛けたところ大当たりして1998年から全国展開し2000年代には急速に広まっていきました。
しかしこの全国展開は1990年代かファミリーマートが最初に手掛けたという経緯もあります。

 その他の行事食

節分鰯
けんちん汁
節分そば

いずれも年越しの行事食に繋がるような気がします。


最教寺子泣き相撲長崎県・平戸市

節分の豆まき行事は九州各地の寺社でも行われますが、とりわけユニークなのは長崎県平戸市にある「最教寺子泣き相撲」ではないでしょうか。

最教寺 長崎 平戸

高野山最教寺
長崎県平戸市岩の上町1206番地

アクセス・松浦鉄道たびら平戸口駅から平戸桟橋行き西肥バスで10分 「新町」バス停から徒歩で5分

大同元年(806年)弘法大師・空海が唐から帰朝した時、初めて護摩を焚いたところといわれています。 その境内は本堂域と奥の院域とがあり、その奥の院域には日本でも最大級といわれる朱色の三重塔や大師の護摩石と坐禅石とがあります。
そしてその三重塔は地下には胎堂巡りができ、第1層から第3層は、資料館になっています。

西の高野山とも呼ばれるだけあって、境内は広大です。一般的に駐車場から脇に入り境内へと進みますが、本来は駐車場より少し下ったところから参道が始まっていて、左右に立ち並ぶ楠並木の間を素晴らしい石段を登っていくことになります。

山門をくぐった正面が入母屋造の本堂です。
ご本尊は一般には「智恵を授かる仏さま」といわれている虚空蔵菩薩様です。
お会いした時はご真言
のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか
を三遍唱えてみたらいかがでしょうか。

さて「子泣き相撲」は、毎年、節分の日に行われる伝統行事です。
土俵(特設台)の上に1歳前後の幼児が母親に抱かれて上がり、行司さんの「ハッケヨイ、南無大師偏照金剛」の掛け声とともにあやしたり脅かしたりして泣き声を競い、しかも早く泣いた方が勝ちという面白いルールで取り組みが進んでいきます。

400年ほど前、赤ちゃんの泣き声が亡霊を退散させたという逸話が起源となっていて、現在では、「泣く子は育つ」という縁起に因み、赤ちゃんの健康を願う行事として、節分の日に毎年開催されています。

尚、参加には予約が必要ですので
予約・お問い合わせは最教寺さん(0950-22-2469)まで
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