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博多祇園山笠2018 二番山笠・千代流 舁き山

二番山笠千代流舁き山の標題は「藤花庸功千代芳とうかようこうちよにかんばし)」
制作人形師は川﨑修一氏です。

黒田家の菩提寺であった「崇福寺」を流域内に抱える千代流に相応しい題材です。
戦国の世に生まれた軍師官兵衛、そして愛する光姫の間にもうけた嫡子松寿丸(後の長政)。
子は信長の人質となり、父は土牢に幽閉される最大の危機を脱し、戦国の世に毅然として未来を目指す。
その土牢の外に咲いていたのが藤の花でした。
およそその命を保つことも難しい環境の牢の中で、窓から見える藤の花を眺めて、「藤よ、藤よ花をつけよ」と願い、その藤の花の命に、我が身の儚くも保ち続けている生命力と重ね合わせていたのでしょう。
そして二人が迎えた二つの関ヶ原とは、長政は本元の「関ケ原」
父・官兵衛は九州の関ケ原といわれる石垣原の戦いで勝利を収め「九州平定」を成し遂げるのです。



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博多祇園山笠2018・二番山笠・千代流
博多祇園山笠2018・二番山笠・千代流 by (C)まさ@沖縄・九州

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博多祇園山笠2018 二番山笠・千代流 飾り山

昭和25年(1950年)に大津流が千代流と改めて誕生した比較的新しい「流」ですが、舁き手の数も多い大所帯の流です。
千代流は舁き山ばかりでなく、飾り山、子供山笠も持つ流で、流の区域は千代校区と重なっており、各町の子供会も情操教育の一環として積極的に山笠に参加しています。
ということで、今エントリーはまずは飾り山を・・・

飾り山は、毎年再開発ビル「パピヨン24」前に建っています。

表の標題は「鎮西三雄博多護ちんぜいのさんゆうはかたをまもる)」です。
制作人形師は川﨑修一氏。

戦国末期、傳多を守護した大友の将、高橋紹運と立花道雪。
そして二人の父を持つ立花宗茂。
高橋紹運ひきいる岩屋城兵700に大島津軍4万が攻めて来ました。
岩屋城が降ると次は立花宗茂の立花城が。博多の危機で勇者達の義の戦いが始まります。

博多祇園山笠 二番山笠 千代流 飾り山 鎮西三雄博多護 ちんぜいのさんゆうはかたをまもる

私は高橋紹運と聞くと大宰府から四王寺山に登る途中の岩屋城跡が目に浮かびます。
博多祇園山笠はその祭りを通して改めて博多、福岡の歴史に触れられることも楽しみの一つだと思います。

博多祇園山笠 二番山笠 千代流 飾り山 鎮西三雄博多護 ちんぜいのさんゆうはかたをまもる

見送りの標題は「維新回天石堂橋いしんかいてんいしどうばし)」
制作人形師は表同様、川﨑修一氏。
馬関戦争(下関戦争)の後、イギリス・フランス・オランダ・アメリカの四カ国との講和にあたった長州藩の高杉晋作は、藩内のその攘夷派と幕府からも狙われることになってしまいました。
そこで福岡藩の勤皇志士の勧めもあり、福岡に潜伏して、討幕活動を続けることになりました。
しかし福岡博多に入るには、石堂橋に関所があり、通過する為、策が必要でした。
当時石堂橋からこの飾り山のあるあたりには水茶屋が建ち並んでおり、そこで遊んだ商家の若旦那を装い、半纏を着て舞妓を肩に乗せ、舞妓の袖で顔を隠して関所を通過したそうです。
その物語を維新150年という節目にということもあり描いています。

博多祇園山笠 二番山笠 千代流 飾り山 維新回天石堂橋 いしんかいてんいしどうばし 高杉晋作

ちなみに「石堂橋」は「お汐井とり」の出発点でもあります。

博多祇園山笠 二番山笠 千代流 飾り山 維新回天石堂橋 いしんかいてんいしどうばし 高杉晋作
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博多祇園山笠コレクションその2

今日は博多祇園山笠、今年の二番山笠西流



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