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博多祇園山笠2018 三番山笠・恵比須流 舁き山 山呼萬歳声 やまはよぶばんせいのこえ

三番山笠恵比須流
恵比須流は元々は「石堂流」呼ばれていた伝統ある流の一つです。
諸説ありますが、博多のもう一つの伝統行事である「博多松囃子」で夫婦恵比須神に奉仕することから「恵比須流」と称するようになったようです。

今年の舁き山の標題は「山呼萬歳声やまはよぶばんせいのこえ)」。
制作人形師は亀田 均氏です。

前漢の武帝が嵩山に登り、国家の鎮護を祈ると、臣民一同が天子祝して歓喜の声をあげました。
その声は全山にこだまして、「万歳」ときこえた、という故事があります。
戦国時代、島津氏によって焼かれ廃墟となった博多の復興のため、豊臣秀吉は太閤町割を行いました。
そして復興した博多の町は再び繁栄を取り戻しました。
町人たちは大いに拍手喝采し、歓喜の万歳の声が周囲に響いたことでしょう。



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博多祇園山笠2018・三番山笠・恵比須流
博多祇園山笠2018・三番山笠・恵比須流 by (C)まさ@沖縄・九州

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博多祇園山笠2018 二番山笠・千代流 舁き山

二番山笠千代流舁き山の標題は「藤花庸功千代芳とうかようこうちよにかんばし)」
制作人形師は川﨑修一氏です。

黒田家の菩提寺であった「崇福寺」を流域内に抱える千代流に相応しい題材です。
戦国の世に生まれた軍師官兵衛、そして愛する光姫の間にもうけた嫡子松寿丸(後の長政)。
子は信長の人質となり、父は土牢に幽閉される最大の危機を脱し、戦国の世に毅然として未来を目指す。
その土牢の外に咲いていたのが藤の花でした。
およそその命を保つことも難しい環境の牢の中で、窓から見える藤の花を眺めて、「藤よ、藤よ花をつけよ」と願い、その藤の花の命に、我が身の儚くも保ち続けている生命力と重ね合わせていたのでしょう。
そして二人が迎えた二つの関ヶ原とは、長政は本元の「関ケ原」
父・官兵衛は九州の関ケ原といわれる石垣原の戦いで勝利を収め「九州平定」を成し遂げるのです。



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博多祇園山笠2018・二番山笠・千代流
博多祇園山笠2018・二番山笠・千代流 by (C)まさ@沖縄・九州

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博多祇園山笠2018 二番山笠・千代流 飾り山

昭和25年(1950年)に大津流が千代流と改めて誕生した比較的新しい「流」ですが、舁き手の数も多い大所帯の流です。
千代流は舁き山ばかりでなく、飾り山、子供山笠も持つ流で、流の区域は千代校区と重なっており、各町の子供会も情操教育の一環として積極的に山笠に参加しています。
ということで、今エントリーはまずは飾り山を・・・

飾り山は、毎年再開発ビル「パピヨン24」前に建っています。

表の標題は「鎮西三雄博多護ちんぜいのさんゆうはかたをまもる)」です。
制作人形師は川﨑修一氏。

戦国末期、傳多を守護した大友の将、高橋紹運と立花道雪。
そして二人の父を持つ立花宗茂。
高橋紹運ひきいる岩屋城兵700に大島津軍4万が攻めて来ました。
岩屋城が降ると次は立花宗茂の立花城が。博多の危機で勇者達の義の戦いが始まります。

博多祇園山笠 二番山笠 千代流 飾り山 鎮西三雄博多護 ちんぜいのさんゆうはかたをまもる

私は高橋紹運と聞くと大宰府から四王寺山に登る途中の岩屋城跡が目に浮かびます。
博多祇園山笠はその祭りを通して改めて博多、福岡の歴史に触れられることも楽しみの一つだと思います。

博多祇園山笠 二番山笠 千代流 飾り山 鎮西三雄博多護 ちんぜいのさんゆうはかたをまもる

見送りの標題は「維新回天石堂橋いしんかいてんいしどうばし)」
制作人形師は表同様、川﨑修一氏。
馬関戦争(下関戦争)の後、イギリス・フランス・オランダ・アメリカの四カ国との講和にあたった長州藩の高杉晋作は、藩内のその攘夷派と幕府からも狙われることになってしまいました。
そこで福岡藩の勤皇志士の勧めもあり、福岡に潜伏して、討幕活動を続けることになりました。
しかし福岡博多に入るには、石堂橋に関所があり、通過する為、策が必要でした。
当時石堂橋からこの飾り山のあるあたりには水茶屋が建ち並んでおり、そこで遊んだ商家の若旦那を装い、半纏を着て舞妓を肩に乗せ、舞妓の袖で顔を隠して関所を通過したそうです。
その物語を維新150年という節目にということもあり描いています。

博多祇園山笠 二番山笠 千代流 飾り山 維新回天石堂橋 いしんかいてんいしどうばし 高杉晋作

ちなみに「石堂橋」は「お汐井とり」の出発点でもあります。

博多祇園山笠 二番山笠 千代流 飾り山 維新回天石堂橋 いしんかいてんいしどうばし 高杉晋作
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博多祇園山笠2018 一番山笠・西流

今年の博多祇園山笠の画像の整理が徐々に進んできましたので、各流ごとにアップしていきたいと思います。
まずは2018年の一番山笠西流から・・・

博多祇園山笠では、追い山(7月15日早朝)において櫛田入りをする際に、一番山笠のみこの「祝いめでた」を唄えるというとても名誉な特権が与えられています。
「祝いめでた」とは博多のハレの舞台では必ず唄われる祝い唄で、「博多祝い歌」「祝い目出度(めでた)」とも言われています。
歌詞は7番まであるのですが、櫛田入りでは1番のみ歌われます。

西流は大博通りの西側が流域。
博多地区の町界町名整理事業後、旧西町流に旧岡流、旧櫛田流、旧呉服町流が合流して「西流」として発足しました。
山笠に魅了されて参加を決意するサラリーマンや転勤族も多く、古くからの地元住民とあわせて参加人数も非常に多い流です。
山笠の伝統でもある道路上に山小屋を建てる事や、山崩しを唯一行っている流でもあります。
今年は櫛田神社のすぐ前に山小屋を構えていました。
山崩しを是非とも拝見したかったのですが、すごい人混みで山小屋に近寄れず残念でした。



舁き山の標題は「報文武秀小松君(ぶんぶしゅうなるこまつのきみにほうず)」
制作人形師は西川直樹氏です。

小松の君とは小松内府と呼ばれていた平清盛の長男の平重盛のことです。
ちなみに小松とは重盛が居を構えていた六波羅小松第からによるものです。
その人柄は温厚にて武勇の人と伝えられています。

博多においては、安政年間、重盛が宗国への使いとして博多の人を重用しました。
同時に博多の町にも大きな恩恵を施し、その報恩として国の無形文化財に指定されている『博多松囃子』行事が始まったと伝えられています。
5月3日4日に盛大に行われる『博多どんたく』の源流と言われています。

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博多祇園山笠2018・一番山笠・西流
博多祇園山笠2018・一番山笠・西流 by (C)まさ@沖縄・九州

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十一番山笠 飾り山 新天町

今年は全飾り山も丁寧に観て歩きました。
福岡ドームに続いては十一番山笠の「新天町」です。

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表の標題は『武士心薫立花城もののふのこころはかおるたちばなじょう)』です。

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見送りは『サザエさん

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そして子供山笠にも「サザエさん」が・・・

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