FC2ブログ

博多祇園山笠2018 八番山笠 上川端通 走る飾り山笠 義経八艘飛 京鹿子娘道成寺

走る飾り山笠」の別称をもつ上川端通
流域としては土居流の中にありますが、上川端通として独自に飾り山笠を建てています。
そして追い山ならし、追い山に特別参加し八番目に「櫛田入り」を行います。
古来の山笠を彷彿とさせる10メートル近い飾り山の櫛田入りは、舁き山とは違った豪華さ絢爛さがあり、電線をくぐるため飾り部分が伸縮するようになっていたり、櫛田入りの際にスモークを吐いたりするなどエンターテイメント性が抜群な飾り山で、通称「からくり山」とも呼ばれます。

追い山後は、上川端商店街内にある川端ぜんざい広場にて約1年間再展示されています。

今年の表の標題は「義経八艘飛よしつねはっそうとび)」
制作人形師は田中 勇氏。
壇の浦の合戦で、平氏の勇将は平教経は長刀をもって源氏勢に斬り込み、義経を発見し挑みました。
教経に追いつめられた義経は、ニ丈離れた味方の船に次々と飛び移り追跡をかわしたと伝えられています。
このような人間離れした技は、少年期を過ごした鞍馬山の天狗に学んだに違いない、という義経伝説になっています。

博多祇園山笠2018 八番山笠 上川端通 走る飾り山笠 義経八艘飛 博多祇園山笠2018 八番山笠 上川端通 走る飾り山笠 義経八艘飛

見送りの標題は「京鹿子娘道成寺きょうがのこむすめどうじょうじ)」
表同様、田中 勇氏の制作です。
京鹿子娘道成寺」とは、女が大蛇と化して愛する男を焼き殺したとされる道成寺伝説を基にはしていますが、物語そのものを踊るのではなく娘の恋心をテーマに、恋する娘の様々な姿を色とりどりの衣裳や小道具で彩り豊かに綴っていきます。
歌舞伎舞踊を代表する絢爛豪華な作品として有名です。

博多祇園山笠2018 八番山笠 上川端通 走る飾り山笠 京鹿子娘道成寺 博多祇園山笠2018 八番山笠 上川端通 走る飾り山笠 京鹿子娘道成寺



スマホ等でご覧の方はこの画像をクリックしてください。↓

博多祇園山笠2018・八番山笠・上川端通
博多祇園山笠2018・八番山笠・上川端通 by (C)まさ@沖縄・九州
関連記事
スポンサーサイト



テーマ: 福岡 - ジャンル: 地域情報

タグ: 博多祇園山笠2018  八番山笠  上川端通  走る飾り山笠  義経八艘飛  よしつねはっそうとび  京鹿子娘道成寺  きょうがのこむすめどうじょうじ 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

博多祇園山笠2018 七番山笠 中洲流 舁き山 開運七福神 かいうんしちふくじん

中洲流は昭和24年に興された流で、西日本一の歓楽街・中洲、中洲一丁目から中洲五丁目で構成される流です。
発足当時から飾り山笠と舁き山笠の両方を持っていてその土地柄ゆえか飾り山笠は夜遅くまでライトアップされていて、山笠に尽くした功績は他の流に引けをとりません。



今年の標題は「開運七福神かいうんしちふくじん)」
福の神として信仰されている七福神の大里天、毘沙門天、恵比須天、寿老人、福禄寿、弁財天、布袋尊が宝船にのっています。
制作人形師は飾り山笠を制作された溝口堂央氏です。

中洲流も東流同様、山笠台は舁き山・飾り山兼用で、舁き山の舁き出し時には引っ張り出して舁き山用の飾りを載せます。

スマホ等でご覧の方はこの画像をクリックしてください。↓

博多祇園山笠2018・七番山笠・中洲流
博多祇園山笠2018・七番山笠・中洲流 by (C)まさ@沖縄・九州

関連記事

テーマ: 福岡 - ジャンル: 地域情報

タグ: 博多祇園山笠2018  七番山笠  中洲流  舁き山  開運七福神  かいうんしちふくじん 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

博多祇園山笠2018 七番山笠 中洲流 飾り山

2018年最後の流は中洲流でした。
中洲流も舁き山と飾り山を持っています。今日は飾り山をご紹介します。
今年の飾り山の表の標題は「長政関ケ原武勲(ながまさせきがはらのぶくん)」です。
制作人形師は三宅 隆氏。

博多祇園山笠2018 七番山笠 中洲流 飾り山 長政関ケ原武勲

長政とはいわずと知れた黒田長政のことです。
慶長五年に徳川家康方の東軍と石田光成方の西軍が激突しました。
世に言う『関ケ原合戦』です。
この戦いで東軍に加わった黒田長政は合戦の先陣を務めて大いに武功を表しましたが、一進一退の攻防を繰り返す中、午後になり小早川秀秋の裏切りによって西軍は総崩れとなり、東軍の勝利で幕を閉じました。
この時小早川秀秋に裏切りを勧めたのが黒田長政で、戦いの後徳川家康が長政の手を取り感謝したと言われています。
これらの武勲によって黒田長政は筑前国五十二万石を賜り、同年十二月豊前国中津城より小早川秀秋の居城であった名島城に移りました。
しかしこの城が五十二万石にはふさわしくなかったため、翌年から七年をかけて那珂郡警固村の福崎に新しく城を築き、城下町を出身地にちなんで福岡と名付けました。
ここに黒田藩の基礎が確立されたのです。

博多祇園山笠2018 七番山笠 中洲流 飾り山 長政関ケ原武勲

見送りの標題は「壮烈岩屋城之戦(そうれついわやじょうのたたかい)」
制作人形師は溝口堂央氏です。

博多祇園山笠2018 七番山笠 中洲流 飾り山 壮烈岩屋城之戦

こちらも九州制覇を目指す島津義久と大友家の家臣筑前の髙橋紹運との戦いをテーマにしています。
島津忠長、伊集院忠棟を大将とする二万の大軍を進軍させ岩屋城(現四王寺山)にわずか763名の手勢とともに籠城する髙橋紹運に再三の降伏勧告したのですが、落ち目になったとしても主君は裏切れないとし応じず徹底抗戦しました。
島津軍はやむなく総攻撃に出る壮絶な戦いの後ついに紹運は髙櫓にて割腹して果てたそうです。
そして七六三名全員が討死自害して、戦いの幕は降ろしました。
勝った島津勢も死傷者三千名ともいわれ態勢を立て直すのに時間を要したため立花宗茂(髙橋紹運の実子)が籠る立花山城への攻撃にてこずり、その間に豊臣勢二十万が九州に上陸し九州制覇という島津の野望は叶わなくなりました。

博多祇園山笠2018 七番山笠 中洲流 飾り山 壮烈岩屋城之戦
関連記事

テーマ: 福岡 - ジャンル: 地域情報

タグ: 博多祇園山笠2018  七番山笠  中洲流  飾り山  長政関ケ原武勲  壮烈岩屋城之戦 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

博多祇園山笠2018 六番山笠・東流 舁き山 思君慈母成鬼神 きみをおもえばじぼもきしんとならん

東流は町界町名整理により旧東町流を中心に、呉服町流や櫛田流の一部などを加えて新たに発足した比較的新しい流だそうです。
舁き山と飾り山とで山笠の土台部分である"山笠台"を共用しているという珍しい流です。
舁き山が走るときには山笠台が飾り山から引き出され、その上に舁山の飾りを取り付けて舁き出していきます。
その間飾り山は山小屋の中で宙吊りになっています。というのももともと飾り山の飾りの部分は山小屋に固定されているそうです。

これは、飾り山と舁き山別々に山小屋を構える場所が確保できないための苦肉の策で、ビルが建ち並ぶ福岡の中心部で開催される現代の博多祇園山笠ならではの事情です。

さて東流舁き山の今年の標題は「思君慈母成鬼神きみをおもえばじぼもきしんとならん)」です。
制作人形師は飾り山の表の制作師と同様、白水英章氏。

舁き山の標題に実在の女性がモデルなのは山笠の歴史の中で初めてではないでしょうか。
そのモデルというのは、豊後・大友宗麟の一族で豊後鶴崎城々主・吉岡統増(むねます)の母で、夫の戦死により、出家して「妙林尼」と称してた女性です。

島津勢と大友勢との戦いのため城に残ったのは老兵・農民・女子供だけでした。
島津の分隊に城が取り囲まれ降伏寸前の状態から指揮を執り反撃し、最後は策を弄して奇襲をかけ討ち取った武将の63首を大友宗麟に届け、報告を聞いた秀吉を驚愕させた女性だそうです。

この題材には大切な人の為なら優しい母も鬼神になる、山笠事で家庭や家業を留守にする男衆に代わりに、それを守る「ごりょんさん」に敬意を表する意味が込められているそうです。



スマホ等でご覧の方はこの画像をクリックしてください。↓

博多祇園山笠2018・六番山笠・東流
博多祇園山笠2018・六番山笠・東流 by (C)まさ@沖縄・九州

関連記事

テーマ: 福岡 - ジャンル: 地域情報

タグ: 博多祇園山笠2018  六番山笠  東流  舁き山  思君慈母成鬼神  きみをおもえばじぼもきしんとならん 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

博多祇園山笠2018 六番山笠・東流 飾り山

東流は飾り山もあります。
表の今年の標題は「桃太郎初陣(ももたろうういじん)」です。
制作人形師は白水英章氏。

博多祇園山笠2018 六番山笠・東流 飾り山 桃太郎初陣

人の世の生き血を吸い、不埒な悪行三昧、醜いこの世の鬼たちを退治てくれよう桃太郎・・・とどこかで聞いたようなセリフが聞こえてきそうです。
現代社会に蔓延る不埒な鬼とは?
いずれにしてもそのような輩の根絶を願いたいものです。

博多祇園山笠2018 六番山笠・東流 飾り山 桃太郎初陣

見送りは「太閤町割縁(たいこうまちわりえにし)」。
制作人形師は室井聖太郎氏です。

博多祇園山笠2018 六番山笠・東流 飾り山 太閤町割縁

九州征伐を終えた豊臣秀吉は1587年に博多の復興を構想。
その区画整理事業は太閤町割りと呼ばれ、町筋ごとに『流』という集合体を形成させました。
そして現代に続く博多松囃子(どんたく)や博多祇園山笠といった大規模な祭事は今でもこの流単位で行われています。

博多祇園山笠2018 六番山笠・東流 飾り山 太閤町割縁
関連記事

テーマ: 福岡 - ジャンル: 地域情報

タグ: 博多祇園山笠2018  六番山笠・東流  飾り山  桃太郎初陣  太閤町割縁 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

ご訪問者数

プロフィール

リンク

最新コメント

月別アーカイブ