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記事提供:おふぃす・ふぇにっくす

蓮の花

昨日より暦は土用、節分や八十八夜などの雑節のひとつ「彼岸」です。
彼岸は春は春分の日、秋は秋分の日をはさんで前後3日の7日間を言い、昨日はその最初の日「彼岸の入り」でした。
暑さ寒さも彼岸まで」という言葉をよく耳にされると思いますが、いよいよ本格的に春らしく暖かい日を迎えるのはもうすぐです。

彼岸とは

合掌

この「彼岸」は仏教伝来とともに伝わったことと日本古来より行われてきた太陽信仰とが融合して今日のわが国での彼岸の風習となりました。

仏教的にはインドのサンスクリット語の「パーラミター(波羅蜜)」という言葉が中国に伝わったときに漢訳された「到彼岸」に由来しています。
「パーラミター(波羅蜜)」はもともと完成する、到達するという意味がありそれを仏教的に修行を積み重ね悟りの境地に達するという意味だとされています。
本来は一年中修行を積み重ねその境地に達しようとする修行が大切なのですが、凡人にはそう簡単にはできないので、そこで年二回私たち凡人も集中して修行に励みましょうという期間なのです。

修行と言うと僧侶の方々が行われる難行苦行を想像してしまいますが、そういうことではなく仏教で言われる善行の「六波羅蜜」を実践してみましょうということです。

六波羅蜜とは「布施(ふせ)」「持戒(じかい)」「忍辱(にんじょく)」「精進しょうじん)」「禅定(ぜんじょう)」「智慧(ちえ)」の六つの善行のことを指します。
皆さんも「六波羅蜜寺」や「六波羅探題」という言葉を聞いたことがあると思いますがいずれもこの「六波羅蜜」からきている名称です。

この善行を彼岸の中日である春分の日や秋分の日をはさんだ前後3日に一つずつあらためて実践してみましょうということが仏教で言う彼岸の意味です。

その六つの善行は私のような凡人にはとても奥が深く一言で説明するのは不可能ですので私なりの解釈をここで綴っておきたいと思います。

1.布施(ふせ)

布施

布施とは私たちがすぐに連想するのは、法事などの時にお寺やお坊さんにお支払いするお金を想像しますが、もちろんそれもお布施の内ですがそればかりを指すのではないそうです。
もっと身近に、周りの人々に対してちょっとした手助けや心遣いなどの親切な行動を起こすのも立派なお布施だそうです。
昨日はあの相模原で19人の障害をお持ちの方が殺害された痛ましい事件の判決が下されましたが私の周りにもテレビによれば身近にいる障害者の方は日本で一番多いと言われる「鈴木」さんという名字の方よりも多いそうです。
そのような方々を見かけたら声をかけちょっとした手助けするのも立派なお布施になるのだそうですので、そういうかたがたばかりではなく全ての方々に対してちょっと心配りをして「親切」の二文字を実践したいとおもっています。

2.持戒(じかい)
お坊さんたちは「受戒」といって自ら戒律(してはいけないこと)」宣言してそれを実践していくそうです。
まさに有言実行の世界です。
このように自ら決めたことを必ず実践する、強いて言えば「言行一致」の実践がこの二つ目の善行に当たります。決して嘘をつかず虚言や妄言をはかず誠実に行動することが誠実に一日を過ごすことを心掛けたいと思います。

3.忍辱(にんじょく)
単純に言えば耐え忍ぶことなのですが、ただ単に耐え忍ぶのではなく世の中思い通りにならないことが多い中、それも穏やかな心をもって受け入れることが大切だそうです。
ムッとしたら心の中で「穏やかに穏やかに」とつぶやきながら過ごす一日を過ごしたいと思います。

4.精進(しょうじん)
まさしく努力そのものです。今やらねばならないこと、やるべきことを整理してひとつひとつ着実に実行する日を作りたいと思っています。

5.禅定(ぜんじょう)
この禅定という善行の解釈が一番難しく感じたのですが、心を鎮め自らを省みながら行動することによって他人に対しての譲る気持ちや許す心が芽生えるそうですので「自己中心」にならず他社を思いやる心をしっかりと自らに意識させて過ごす位置にを設けたいと思います。

6.智慧(ちえ)

般若心経

智慧とは知恵と少し違い、仏教ではお釈迦様の教えを言うようです。一方、知恵には良い知恵と悪い知恵があります。「悪知恵」などといいますもので。
仏教のみならず他の宗教の教えにも生きる術として様々な「智慧」書かれています。まさに生き方の根幹、本質のような金言が多く含まれています。
ですから宗教は哲学のジャンルに含まれているのかもしれません。
あらためてもう一度自らの生き様を省みてしっかりと勉強、修養する一日も作りたいと思います。

日本独特な風習

さてお盆はご先祖様の例をお家に迎えて供養する日ですが、それに対して「彼岸」は自らが修行する期間ですので、西方浄土におられる神様や仏様、そしてご先祖様の霊に自らの精進の報告を祈る日ですのでそのために「お中日」にお墓参りに行くことや法要を執り行うという風習が定着していますが、これは日本だけの風習でインドや中国ではありません
それはもともと古来より日本では自然の中にたくさんの神様が存在するという考え方や、太陽信仰があり、その春分の日や秋分の日は農事の節目として農耕の安全や五穀豊穣を願ったり感謝したりする「日願」という習わしがありました。
そのことが仏教伝来とともに時期の重なる「彼岸」と融合し今日の「彼岸」になったとようで神仏を分け隔てなく信心する日本人には受け入れやすかったのでしょう。

ぼたもちおはぎ

ぼたもち・おはぎ

堅い話はここまでにして、お彼岸というと思い浮かべるのが「ぼたもち」「おはぎ」ですようね。
一般的にはその時期に咲く花から春は「牡丹餅(ボタモチ)」秋は「お萩(オハギ)」と呼ばれていることが多いようです。
しかし基本的には小豆餡、もち米、うるち米と同じ食材を使ったお菓子です。
その中でもわずかな差異といえば小豆は秋に収穫されるので皮が柔らかいので皮ごと全て使う餡にし、春は保存している小豆のため皮が堅くなっているので皮を取り除いた「こし餡」を用いることぐらいでしょうか。

ところでそのぼたもちおはぎ夏や冬の呼び名もあるのをご存意でしょうが。
それは夏は餅をいつ搗(つ)いたかわからないが転じて暗闇の中いつ着いたかわからないことにかけて「夜船」。
冬は月を知らない北向き窓にかけて「北窓」という通人の呼び方もあるそうです。

沖縄の彼岸

本土とは風習の違う沖縄での「お彼岸」はどうなのでしょうか。
ご想像の通り、やはり大きく違いました。
沖縄では基本的に祖先崇拝がベースで親族揃ってお墓の前に参集することが多いのですが、
一部門中(一門)や一部家庭を除いて、お彼岸は基本的にはお墓参りはしません。
しかしながら「お彼岸」沖縄にとっても大切な年中行事として違った形で現代にも引き継がれています。

その違いは多くの家庭では家の仏壇にお供えをして「拝み」を捧げるのが一般的で、仮にお墓参りをしても親族一同が集まらず比較的小規模でお参りをし、さらにお参りに行ってもすぐにお家に戻り仏壇に祈りを捧げます。

仏壇 沖縄

それは「屋敷の御願(ヤシチヌウグァン)」といって屋敷におられる五柱の神様に祈り、日ごろの守護に関して感謝を捧げます。
その五柱というのは「ヒヌカン(火の神)」をはじめ、敷地の東西南北の四隅におられる「ユンシヌカ」、門前にいる「ジョウヌカミ」、トイレの神様の「フールヌカミ」、そして玄関と門の間におられる「ナカジンヌカミ」です。
その神様をお供え物を携行しながら回り祈るのです。
この行事は春の彼岸を「二月彼岸(ニングァッチヒガン)」秋の彼岸は「八月彼岸(ハチグァッチヒガン)」と言って年二回旧暦の2月、8月に行うそうです。

結詞

桜前線

今週末金曜日はお彼岸のお中日、春分の日です。九州でも桜の開花宣言があるかもしれませんね。
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