FC2ブログ

諸般の事情で結願の寺へ(第三十三番 観世音寺)

参拝日 2017.1.31

『概略』

清水山 観世音寺 33s33-04.jpg

福岡県太宰府市観世音寺5-6-1(地図

御本尊 聖観世音菩薩坐像
ご真言 おん あろりきゃ そわか

九州四十九院薬師巡礼とともに発願した巡礼に九州西国三十三観音があります。
納経帳等の準備のため、福岡ベースから公共交通機関で気軽にお参りできる場所を探していたところ、なんと結願の観世音寺となってしまいました。

こちらは以前より太宰府天満宮参詣の折には立ち寄らせていただいていたお寺です。
しかし今回は巡礼の打ち始め、心を新たにして参道を歩いて行きました。

電話にて問い合わせをしていたので、まずは宝蔵に伺い、電話で問い合わせた旨のお話をさせていただいて、歴史を感じさせてくれる講堂に参拝しました。

33s33-01.jpg

参拝後、宝蔵にてご朱印を押していただいたま新しい納経帳をいただいて、2階にある諸像に拝させていただきました。
ご本尊の聖観世音菩薩坐像をはじめ、不空羂索観音立像、十一面観音菩薩立像、馬頭観音菩薩立像など諸観音のほか毘沙門天立像、大黒天立像、四天王立像、吉祥天立像等々様々な仏様とお会いすることができました。

33s33-02.jpg

境内を散策すると国宝の日本最古の銅鐘が鐘楼に吊るされた状態で見ることができます。
この鐘は大宰府に流された菅原道真公が「都府の楼にはわずかに瓦の色を看る。観音寺にはただ鐘の音を聞く」と詠じた鐘だそうです。

33s33-03.jpg

観世音寺に隣接して「戒壇院」があり、かつては観世音寺にありましたが、現在は博多にある禅宗のお寺の聖福寺の末寺となっているとのことでした。

さて明日は西国の第一番、英彦山霊泉寺に参拝して真の打ち始めをしたいと思っています。また来週にでもご報告いたします。

*******************************************************
回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

33s33-05.jpg

ご詠歌

かずかずの よよのほとけの いましめを
いまにたえせず みちおしゆなり

*******************************************************

記事下の「コメント」をクリックしていただくと、コメントが投稿できます。よろしければご感想など聞かせていただけると嬉しいです(^^)

*******************************************************
関連記事
スポンサーサイト



テーマ: 福岡 - ジャンル: 地域情報

タグ: 九州西国三十三観音霊場  遍路  巡礼  ご朱印  福岡  大宰府  第三十三番  観世音寺  聖観世音菩薩  天台宗 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

太宰府をふらふらと・・・

先週末より福岡ベースに戻ってきています。
福岡ではそろそろが咲き始める陽気になりました。

170131.jpg

昨日ほどではありませんが、今日も風が穏やかで日差しが暖かく感じられました。

ところで数年前に始めたダイエットのためのウォーキングを現在は体重維持のために継続していますが、ただその目的だけで継続するのはどこか味気ないですよね。
そこで飽きないためにも何か目的、たとえば買い物とかお遍路とか観光とかと併せて歩くようにして長続きさせています。
九州八十八ヶ所百八霊場や篠栗新四国八十八霊場巡りも結願しましたので、あらたな目的を思いつきその準備を兼ねて今日は大宰府をふらふらとしてきました。

最初は西鉄・都府楼駅から「筑前国分寺」へ。
そして近くの「太宰府市文化ふれあい館」に立ち寄って、弥生時代から古墳時代に用いられたお墓のひとつの箱式石棺を見ました。

170131-07.jpg

箱式石棺は石を並べて小さな部屋を作り、その中に遺体を埋葬し、何枚かの石で蓋をしたもので、どこか現在に相通じるものを感じます。

さらに足を延ばして、観世音寺

その境内北西には僧玄昉(げんぼう)の墓と伝えられている宝篋印塔があります。
玄昉は奈良時代、遣唐船で中国に渡った有名な僧だそうで

170131-05.jpg

太宰府市説明板には
『玄昉は奈良時代の僧、阿倍仲麻呂、吉備真備らと共に遣唐船で中国に渡り、在唐18年、玄宗皇帝によって三品に准せられ、紫袈裟を許された。
帰国後、奈良の宮廷で権力を振るったが、天平17年(745)造観世音寺別当に左遷され、翌年、観世音寺造立供養の日に死去。政敵藤原広嗣の霊に殺されたと伝えられている。
と書かれていました。

そして最後は「戒壇院(ご本尊 毘廬舎那仏 ご真言 おん あびらうんけん)」

170131-03.jpg

この戒壇院は唐の名僧鑑真和上を招いて創建した「三大戒壇(奈良東大寺、下野薬師寺、それに観世音寺)」の一つです。
戒壇とは中央部に石で築いてある壇のことで、出家する者に対して、僧侶として守るべき戒律を授けるための儀式が行われる場所でした。

170131-02.jpg

江戸時代に観世音寺から独立して現在では博多聖福寺(臨済宗妙心寺派)の末寺となっているそうです。

170131-06.jpg

しっかりお参りをしてご朱印をいただきました。合掌

さて、国分寺と観世音寺は後日ということで、私の新たな目論見が薄々ばれてますねぇ
では明日は姪浜あたりをぶらぶらと・・・の予定です。
関連記事
タグ: 福岡  ぶらり旅  大宰府    筑前国分寺  太宰府市文化ふれあい館  観世音寺  戒壇院  ご朱印  僧正玄昉の墓 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

輪太郎散歩(大宰府政庁跡~戒壇院~観世音寺)

暦はもうすぐ師走だというのに、この日は「小春日和」。
そんな陽気に触発されて、またまた輪太郎散歩・・・大宰府政庁跡や戒壇院、観世音寺を巡ろうと思い立ちました。

道中のコンビニでお弁当を買って、一路「大宰府政庁跡」へ。
最近、頻繁に輪太郎散歩に出かけているせいか、あまり距離を感じなくなってきています。

「大宰府政庁跡」は「都府楼跡」とも呼ばれ、奈良・平安時代を通して、九州を治たのみならず、我が国の西の守り(防衛)、外国との交渉の窓口となる役所(大宰府)でした。その規模は平城京、平安京に次ぐ大きなものであったと言われ、その規模をしのばせる立派な礎石が残っていて、解放感溢れる公園となっています。
ここは、学問の神様で有名な菅原道真公も左遷され、こちらで政務を執った所です。

空を見上げれば澄んだ青空の下、小春日和にそぐわない暖かく心地よい風に吹かれて、ここでお弁当です。

111201-1.jpg

のんびり&マッタリのランチタイムを終えて、お隣の「観世音寺」へ。

ここは天智天皇が母君斉明天皇の冥福を祈るために発願され、80年後の聖武天皇の天平18年(746年)に完成しました。
古くは九州の寺院の中心的存在で、たくさんのお堂が立ちならんでいましたが、現在は江戸時代初めに再建された講堂(本堂)と金堂(阿弥陀堂)の二堂があるのみですが、境内はクスの大樹に包まれ、『日本最古の梵鐘』とともに歴史を偲ばせてくれます。

111201-2.jpg

続いて金堂脇の道を程良く色づいた紅葉を愛でながら「戒壇院」にブラブラと向かいます。
こちらは、唐の名僧鑑真和上を招いて創建した「三大戒壇」の一つで、ここは観世音寺が完成してから15年後に観世音寺の区域内に建立されました。
三大戒壇とは、奈良東大寺、下野薬師寺、それにここ観世音寺の戒壇院をいいます。
そして『戒壇』とは、中央部に石で築いてある壇のことで、出家する者に対して、僧侶として守るべき戒律を授けるための儀式が行われる場所だそうです。

111201-3.jpg

歴史と紅葉を満喫しその日の輪太郎散歩は終了です。
この日の総走行距離は、24km。
これで11月の輪太郎との総走行距離は112kmになりました。

来週は、沖縄ベースの年末の大掃除などのため、沖縄ベースに戻ります。
沖縄ベースでは、輪次郎(マイ自転車@沖縄ベースの愛称です)と散歩を続けようと思っています(^^)v

また、「日本の秋」に触れ、お散歩用カメラですが、けっこうシャッターを切ったので、また近日中に『まさの写真館』の方へアップしますね(^^)
関連記事

テーマ: 史跡・神社・仏閣 - ジャンル: 写真

タグ: 福岡  ぶらり散歩  大宰府  大宰府政庁跡  都府楼跡  観世音寺  戒壇院   

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

ご訪問者数

プロフィール

リンク

最新コメント

月別アーカイブ