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博多祇園山笠2018 七番山笠 中洲流 飾り山

2018年最後の流は中洲流でした。
中洲流も舁き山と飾り山を持っています。今日は飾り山をご紹介します。
今年の飾り山の表の標題は「長政関ケ原武勲(ながまさせきがはらのぶくん)」です。
制作人形師は三宅 隆氏。

博多祇園山笠2018 七番山笠 中洲流 飾り山 長政関ケ原武勲

長政とはいわずと知れた黒田長政のことです。
慶長五年に徳川家康方の東軍と石田光成方の西軍が激突しました。
世に言う『関ケ原合戦』です。
この戦いで東軍に加わった黒田長政は合戦の先陣を務めて大いに武功を表しましたが、一進一退の攻防を繰り返す中、午後になり小早川秀秋の裏切りによって西軍は総崩れとなり、東軍の勝利で幕を閉じました。
この時小早川秀秋に裏切りを勧めたのが黒田長政で、戦いの後徳川家康が長政の手を取り感謝したと言われています。
これらの武勲によって黒田長政は筑前国五十二万石を賜り、同年十二月豊前国中津城より小早川秀秋の居城であった名島城に移りました。
しかしこの城が五十二万石にはふさわしくなかったため、翌年から七年をかけて那珂郡警固村の福崎に新しく城を築き、城下町を出身地にちなんで福岡と名付けました。
ここに黒田藩の基礎が確立されたのです。

博多祇園山笠2018 七番山笠 中洲流 飾り山 長政関ケ原武勲

見送りの標題は「壮烈岩屋城之戦(そうれついわやじょうのたたかい)」
制作人形師は溝口堂央氏です。

博多祇園山笠2018 七番山笠 中洲流 飾り山 壮烈岩屋城之戦

こちらも九州制覇を目指す島津義久と大友家の家臣筑前の髙橋紹運との戦いをテーマにしています。
島津忠長、伊集院忠棟を大将とする二万の大軍を進軍させ岩屋城(現四王寺山)にわずか763名の手勢とともに籠城する髙橋紹運に再三の降伏勧告したのですが、落ち目になったとしても主君は裏切れないとし応じず徹底抗戦しました。
島津軍はやむなく総攻撃に出る壮絶な戦いの後ついに紹運は髙櫓にて割腹して果てたそうです。
そして七六三名全員が討死自害して、戦いの幕は降ろしました。
勝った島津勢も死傷者三千名ともいわれ態勢を立て直すのに時間を要したため立花宗茂(髙橋紹運の実子)が籠る立花山城への攻撃にてこずり、その間に豊臣勢二十万が九州に上陸し九州制覇という島津の野望は叶わなくなりました。

博多祇園山笠2018 七番山笠 中洲流 飾り山 壮烈岩屋城之戦
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タグ: 博多祇園山笠2018  七番山笠  中洲流  飾り山  長政関ケ原武勲  壮烈岩屋城之戦 

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