FC2ブログ

蒙霧升降(ふかききりまとう)

今日から七十二候の第45候の「蒙霧升降ふかききりまとう)」です。
深い霧がまとわりつくように立ち込める頃です。

いまだ残暑厳しき毎日が続きますが、朝晩特に早朝は空気が多少冷えてきて山間部や水辺では空気が冷えて山間の湖面などは一面白い霧に覆われるようになります。

蒙霧升降 ふかききりまとう

皆さんも避暑地の高原の中にある湖などでそんな光景を眼にしたことがあるかと思います。
日中は真夏の日差しが降り注ぐ中、早朝のほんの一瞬、幻想的な風景を作ってくれるのもこの時期ですね。

このように「涼」を感じさせてくれるひとときは、厳しい日差しをよけて日陰で口に含んだ冷たい「かき氷」の一口と同じような至福のひとときをもたらしてくれます。

そこでそんな夏ならではの楽しみのひとつ美味しいかき氷についての蘊蓄を・・・

この「かき氷」現代人ばかりの楽しみではなかったようです。

日本書紀に氷室の記述が

わが国最古の歴史書である「日本書紀」には額田大中彦皇子(ぬかたのおおなかつひこのみこと)が狩りに出かけた折、氷室を見つけ、その所有者である豪族に保存法、使用法を聴き、その氷を宮中の天皇に献上し大変喜ばれたという記述があります。
 それ以降蔵氷、賜氷という制度が起こり、調停のために氷室を管理する役職まで設けられたとのことです。

当時は製氷技術などは勿論無いのですから冬期に池で水を凍らせそれを切り出し麓の穴蔵や洞窟の奥に入れておきます。冷却効果を高めるためにたくさんの氷を入れ、断熱効果のためおがくずなどを氷にかけておいたようです。今ブームになっている天然氷もこの製法に倣って作ったものでその口どけの良さは絶品です。

清少納言の枕草子にはかき氷の件が

また清少納言の「枕草子」の「あてなるもの(上品なもの、よいもの)」の段に
「削り氷にあまずら入れて新しき金鋺(かなまり)に入れたる」と書かれています。
現代語では「削り氷にシロップのような蔓草の一種である甘葛(あまがづら、あまづら)の汁をかけて新しい金属の器に入れてあるのが実に優雅です」とでもなるでしょうか。

かき氷の歴史

明治2年・・・私たちに身近なかき氷はアイスクリームを発祥させたと伝わる店が氷水店を開店。

明治4年・・・函館・五稜郭の堀で生産された天然氷が「函館氷」と銘打って京浜市場に登場し、輸入氷より品質も良く安価であったため商品化に成功。

明治11年・・・それに便乗した粗悪な氷の販売を取り締まるため内務省が「氷製造人並販売人取締規則」を制定。衛生検査に合格した氷の生産地及び販売者を示した幟や看板を掲出することを義務付けました。

明治20年・・・削氷機が発明される。

氷削り器 削氷機

昭和初期・・・削氷機が普及することによりかき氷が一般化した。

ざっくりかき氷の歴史はこんな経緯でした。

戦前は削った氷に砂糖を振りかけた「雪」・砂糖蜜をかけた「みぞれ」・小豆餡をのせた「金時」が主流でした。
戦後になってかき氷専用のシロップ(氷蜜)が普及して現在に至ります。

九州沖縄のご当地かき氷3選

最後にそんな「かき氷」全国地にご当地かき氷なるものも存在しているようですが、九州沖縄のご当地かき氷をご紹介しておきましょう。

  1. 熊本県のご当地かき氷「コバルトアイス


  2. 熊本の銘菓の蜂楽饅頭のお店が出している「コバルトアイス」。国産蜂蜜を使った自家製シロップに練乳をミックスし、涼しげなコバルトブルーに色付けしたちょっと見ブルーハワイのようなかき氷。

    コバルトアイス

  3. 鹿児島県のご当地かき氷「しろくま


  4. もう知名度は全国区の「しろくま」。かき氷にみかんやパイナップルの缶詰の果物を盛り込み小豆をのせ、練乳をかけたもので、最近ではカップ入りやアイスキャンディーも出ています。

    鹿児島 しろくま

  5. 沖縄県のご当地かき氷「ぜんざい」


「ぜんざい」は本土のぜんざいとは違い、小豆や金時豆(こちらの方が一般的)を甘く煮てその上にかき氷をかけたもの。煮汁を凍らせたものをかき氷にしているお店もあります。

沖縄 ぜんざい 氷ぜんざい

他の各地にもご当地かき氷があるようですので、暑いさなか旅先でのご当地かき氷がその地の夏の風物詩となり旅の思い出にもう一ページ加えてくれることでしょう。
関連記事
スポンサーサイト



テーマ: 九州(福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島)・沖縄地方の各県の路線案内 - ジャンル: 地域情報

タグ: 七十二候  九州  沖縄  鹿児島  熊本  蒙霧升降  ふかききりまとう  かき氷  コバルトアイス  しろくま 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

国際色豊な不思議なお寺(第九十七番 国見山 大国寺)

参拝日 2014.2.9

『概略』

国見山 大国寺 高野山真言宗

鹿児島枕崎市瀬戸町571(地図

御本尊 胎蔵大日如来坐像
ご真言 おん あびらうんけん ばざら だとばん

国見岳の南の中腹に手作り感満載の仏像が境内中に点在する不思議なお寺があります。
住職の川上英明師が枕崎台風から守ろうと昭和42年に発願し、百日間の願をかけ禅定ののちこの地に建立したのが寺の始まりだそうです。

舗装された山道を登り修行大師がお迎えくださる駐車場より本堂へと続く石段の左には寺の縁起にもなっている大日観音菩薩様が・・・
そして右手には布袋尊、弁財天、白龍観音などが独特の雰囲気で立っています。

97-01.jpg

そして山門も龍が巻きつき、上に涅槃像が横たわるといった具合です。
すべてご住職が感得したままのお姿だそうです。

97-02.jpg

石段を上り詰めたところに本堂があり、基本的には木造、切妻造のトタン屋根の建物ですが増改築が繰り返され何とも言えない形の建物となっています。

内陣には天空をイメージした青い岩盤を背に、ご本尊の胎蔵大日如来坐像、左右に弘法大師と不動尊が安置されています。

現在では布教の場を海外にまで求め、平成8年イギリスのバースに別院を建立し、この地も外国人の修行僧の姿も見られる国際色豊なお寺でした。

*******************************************************
回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

97-03.jpg

ご詠歌

いにしえの とおくはるかに おもえども
        わがだいぶつ ここにありなん

*******************************************************
関連記事

テーマ: 寺社巡り - ジャンル: 旅行

タグ: 九州八十八ヶ所百八霊場  遍路  巡拝  鹿児島  枕崎  国見岳  台風  大国寺  高野山真言宗  胎蔵大日如来坐像 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

廃仏毀釈を乗り越えて(第四十九番 剣山寺)

参拝日 2014.2.9

『概略』

大師山 剣山寺 高野山真言宗

鹿児島日置市日吉町日置1239-6(地図

御本尊 不動明王立像
ご真言 のうまく さんまんだ ばだらだん せんだ まかろしやだ そわたや うんたらた かんまん

「さつま小鶴」「赤猿」などの銘柄の芋焼酎で名の知れた小正醸造のすぐ北に剣山寺はあります。
また近くには日本三大砂丘のひとつに数えられる「吹上浜」の雄大な景観を楽しむことも出来ます。

49-01.jpg

道標に導かれて境内に入ると左手にプレハブ造の本堂があります。
以前は傾斜の緩やかな切妻造の横に長い民家風のお堂であったそうだが、火事で焼失し再建途上だそうです。
堂内にはご本尊の不動明王のほか弘法大師などの諸尊が安置されています。

本堂の裏手にはぼけ封じ観音堂、開山堂、奥の院大師堂などの三つの小堂が建立されています。

49-03.jpg

剣山寺は大正時代に創建された新しいお寺で、当初は鹿児島市加治屋町に大師院として布教していたのが始まりで、太平洋戦争で空襲に遭い焼失してしまい別院であった日置にて移転してきたそうです。

49-02.jpg

本堂裏手の境内には廃仏毀釈により仏教の弾圧がことのほか徹底された鹿児島にあって江戸時代当初の年号が刻まれた石塔なども残っているのは、かつてこの地には中原坊という桂山寺の子院があり、その遺産であろうと考えられています。

*******************************************************
回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

49-04.jpg

ご詠歌

大慈悲を 求め尋ねて 剣山寺
     大師の教え 遍照金剛

*******************************************************
関連記事

テーマ: 寺社巡り - ジャンル: 旅行

タグ: 九州八十八ヶ所百八霊場  遍路  巡拝  鹿児島  日置  吹上浜  小正醸造  剣山寺  高野山真言宗  不動明王立像 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

開聞岳に抱かれて(第四十七番 光明寺)

参拝日 2014.2.9

『概略』

指宿高野山 光明寺 高野山真言宗

鹿児島県指宿市西方5159(地図

御本尊 地蔵菩薩坐像
ご真言 おん かかかび さんまえ そわか

またまただいぶサボってしまっていますが、秋風の吹く前には遍路旅のご報告を終えておきたいと思います。

さて今回ご紹介する札所は別府に次ぐ九州第二の温泉郷である指宿(いぶすき)温泉にも程近く、高原のような田園風景が広がる地にある光明寺です。

境内は前面に駐車スペースがゆったりとってあり、自販機も設置してある屋根付きの休憩スペースもあり、地域に開かれたくつろいだ雰囲気のあるお寺です。

47-01.jpg

正面には宝形造の本堂があり、私の参拝した日には法要が営まれていて、本堂に上がることは出来ませんでしたが、堂内にはご本尊の地蔵菩薩のほか、大日如来、不動明王、弘法大師などの尊像が安置されている他、金剛界胎蔵界曼荼羅も奉安されているそうです。

47-02.jpg

また境内には修行大師の像とともに六地蔵も祀られている他、猫の塚などもありました。

47-03.jpg

*******************************************************
回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

47-04.jpg

ご詠歌

ありがたや 地蔵菩薩の 慈悲の海
       常世を照らす 法の光明

*******************************************************
関連記事

テーマ: 寺社巡り - ジャンル: 旅行

タグ: 九州八十八ヶ所百八霊場  遍路  巡拝  鹿児島  指宿  光明寺  高野山真言宗  地蔵菩薩坐像  開聞岳  池田湖 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

加治木の高野山(第四十三番 法城院)

参拝日 2014.2.8

『概略』

護国山 法城院 高野山真言宗

鹿児島県姶良市加治木町朝日町99(地図

御本尊 不動明王立像
ご真言 のうまく さんまんだ ばだらだん せんだ まかろしやだ そわたや うんたらた かんまん

法城院は錦江湾の北、海に程近く桜島を見渡せる九州の大動脈国道10号線沿いにあります。

お寺は島津家の祈願所としてかなり繁栄していたようですが、明治の廃仏毀釈によって廃寺寸前にまで追い込まれました。しかし最大乗院の大仙和尚が明治29年に説教所として再興し、その後大正3年高野山開創1100年を機に独立しました。

現在「加治木の高野山」として信仰を集めている他、水子供養のお寺としても近在に知られるお寺です。

43-03.jpg

境内に入ると水子地蔵や子安地蔵、そして延命地蔵など諸尊が並び、正面に入母屋造の本堂が建っています。
本堂にはご本尊の不動明王をはじめ、観音菩薩、大日如来、弘法大師などが祀られています。

43-01.jpg

本堂のお参りを済ませ、大師堂にもお経をあげ最後は桜島に見送られながら参拝を終えました。

43-02.jpg

*******************************************************
回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

43-04.jpg

ご詠歌

ご利生に 延びる加治木の 高野山
       自力他力の 栄えますらん

*******************************************************

記事下の「コメント」をクリックしていただくと、コメントが投稿できます。よろしければご感想など聞かせていただけると嬉しいです(^^)

*******************************************************
関連記事

テーマ: 古寺巡礼 - ジャンル: 旅行

タグ: 九州八十八ヶ所百八霊場  遍路  巡拝  鹿児島  加治木  法城院  高野山真言宗  不動明王立像 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

ご訪問者数

プロフィール

リンク

最新コメント

月別アーカイブ