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観光地の間近に(第九十五番 明王寺)

参拝日 10.11.20

『概略』

遍照山 明王寺

大分県日田市淡窓2-3-25地図

豆田町の古い家並みや日田温泉で観光地となっている地域の程近くに明王寺はあります。
明治21年四国遍路により病を癒された水島安兵衛翁により豆田町に創建されたのが始まりで、大正15年に現在の淡窓に移転して、現在も「淡窓不動尊」として地域の方々に親しまれているお寺です。

重厚な入母屋造の本堂に祀られているご本尊の不動明王像は第2世住職の吉水隆禅師が京都の醍醐寺から招来した尊像で理源大師聖宝の作と伝わっています。

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またその本堂天井には格子の一つ一つに般若心経の一文字一文字が多くの人の筆により書かれていて壮観な眺めを形作っています。

境内にも数多くの石仏が並び信仰の篤さを感じられます。

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お参りを済ませた後、あまり行く方も少ないそうですが、多少距離が離れたところで車で行かざるを得ない場所に「奥の院」あると聞き及んでいたので、そちらにも足を延ばしてお参りすることにしました。

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折しも秋真っ盛り、ひっそりと静まり返った奥の院境内は錦秋の彩に極楽浄土を感じさせてくれました。

御本尊 不動明王立像
ご真言 のうまく さんまんだ ばざらだん 
    せんだまかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん

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回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

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ご詠歌 不動なる威き心の 御仏に
     この身ゆだねて 今日を生きなん

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タグ: 九州八十八ヶ所百八霊場  遍路  巡拝  大分  第九十五番  明王寺  真言宗醍醐派  淡窓不動尊  不動明王 

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かつては陸の孤島の地に(第二十九番 海岸寺)

参拝日 10.01.30

『概略』

興雲山 海岸寺

大分県津久見市堅浦602(地図

御本尊 阿弥陀如来坐像

ご真言 おん あみりた ていせい から うん


臼杵から一山越えると津久見市に入ります。

海岸寺のある堅浦は今でこそ道も繋がりバイパスも出来、交通の便が良くなりましたが、かつては船でしか行き来が出来ない陸の孤島だったそうです。

すぐ近くには一大セメント工場群がありますが、堅浦の町まで来るとその工場地帯の喧騒が嘘のような静かで穏やかな空気が流れています。

海岸寺は小高い山を背にして建っています。
臼杵に居た修験者の善性院が西九ノ助の屋敷に寂光院を建立したのがこのお寺の始まりです。
その後現在地にあたる弁指善六の屋敷に移し本堂が建立されました。そして後臼杵藩の祈願寺となり、この頃に「海岸寺」と改名したようです。

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この寺の伽藍は面白く、凝った造りの鐘楼門を入ると正面に本堂と見紛うような立派な護摩堂があり、その左手にどっしりとした入母屋造の本堂があるという配置です。

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また護摩堂の右手、本堂と向き合うように東南アジアの仏教建築のようなお堂があり、屋根の頂には弘法大師が坐して我々を見下ろしていました。

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護摩堂の屋根越しの山中に宝形造の小堂が見えますが、こちらが奥の院大師堂です。
わずかな距離なのですが、その道はけっこう険しく、少しだけ修験道の厳しさも感じられます。

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最後に余談になりますが、護摩堂左手湧きのお庭に記念碑が建っていますが、地図で有名な伊能忠敬が測量のためこの地を訪れたことを顕彰して建てられたものだそうです。

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願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜん

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ご詠歌 松風や 岸打つ波は 海岸寺
      花の浄土も 近くなるらん
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臼杵高野山(第二十八番 興山寺)

参拝日 10.01.30

『概略』

高野山 興山寺

大分県臼杵市福良2366(地図

御本尊 無量寿如来立像

ご真言 のうまく さんまんだ ぼだなん さんさく そわか


この日の巡拝は全国でその名が知られるようになった「臼杵の石仏群」を拝観し、二十八番、二十九番と巡り前回の巡拝の時に時間切れで立ち寄れなかった「穂積水中鍾乳洞」を見学して帰路に着くという計画です。
ちなみに臼杵の石仏群は巡拝を終えた第二十七番札所を開基された真名野長者によって造立されたと伝えられています。
*「臼杵石仏群」と「穂積水中鍾乳洞」の画像は「まさの写真館」の方へアップしておきましたのでお暇な時にでもご笑覧ください。

さて、話が横道に逸れてしまいましたが、この日のお参り先の話に戻りましょう。

目指す興山寺は臼杵石仏群から程近く、交通量の多い国道から少し逸れて小高い山の上にあります。
さほど山に分け入る感じではないのですが、境内は国道沿いの喧騒と無縁の静寂さに包まれています。

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こちらの歴史を紐解くと真言宗の総本山である高野山から始まっています。
秀吉の紀州攻めの折、兵火が高野山に及ぼうとしたとき、木喰応其上人が秀吉に直談判して山を守りました。その後応其上人はその地に青厳寺と興山寺を創建し、高野山の中心伽藍としました。
明治初期にはその二寺は併合され金剛峰寺となりました。

古くから臼杵のこの地に高野山と呼ばれた寺院があったようですが、明治25年に焼失してしまいました。その跡地に由緒ある興山寺という名が消えてしまうのを惜しんだ山縣玄浄上人が臼杵に寺号を写し再興したのがこの興山寺です。

境内の奥まったところに宝形造の本堂と庫裡が並んでいます。
御本尊の無量寿如来は秘仏となっていて直接拝することは出来ません。

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しかし境内のあちらこちらに石仏が点在していて、さすが臼杵といった感じで、とても落ち着いた空気の中でお参りができました。

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願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜん

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ご詠歌 高野山 大師のいおり 興山寺 
      阿字の浄土ぞ 遍照金剛
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人柱伝説とともに(第二十六番 福寿院)

参拝日 09.11.28

『概略』

摩尼山 福寿院

大分県大分市荷揚町10-31(地図

御本尊 不動明王立像 

ご真言 のうまく さんまんだ ばざらだん せんだまかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん

野生の猿で有名な高崎山を過ぎ、別府湾沿いの海風も心地よい国道10号線を大分市内に向け南下し、市民の憩いの場となっている大分城址公園の北側に福寿院はあります。
*高崎山のお猿さんの画像は「まさの写真館」に多数アップしてありますので、お時間のある時にでもご笑覧ください。

市街地のお寺らしく境内はコンパクトにまとまっていて、山門を入り正面に入母屋造に唐破風の向拝のつく本堂があります。

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堂内にお祭りしてある本尊の不動尊は鎌倉時代末期の作で丹波国篠山から伝えられたそうです。

このお寺には、お宮さんという娘の人柱の話が伝わっています。

石田三成の娘婿の福原直高が府内城(白雉城)を築くとき、そこが大分川の河口にあったため天守閣の定礎を固めるたびに水が出て工事が中断しました。そこで人柱を立てることとなり、選ばれたのが上野六坊に住んでいたお宮という18歳の娘でした。
お宮は母娘の二人暮らしでたいそう貧しく、人柱になれば母親には毎年50石の扶持が与えられるというので人柱になる決心をしたそうです。
その後三日間の施餓鬼の末お城の守護神である弁財天を抱え入水しました。後は水も出ることなく造営は順調に進んだとのことです。

お宮の御霊は弁財天とともに府内城の鎮守として祀られ、毎年3月18日から20日までお城の天守閣下のお宮の墓前と、ここ福寿院で追善供養が修められています。

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内山観音(第二十七番 蓮城寺)

参拝日 2010.01.23

『概略』

有智山 蓮城寺

大分県豊後大野市三重町内山527(地図

御本尊 千手観音坐像

巡拝先までの道中、宮迫、犬飼などの磨崖仏を詣でながらの遍路です。
大分というとキリシタン大名の大友宗麟が有名ですが、磨崖仏を訪ねていると仏教文化も華やかであったことも感じられます。
*宮迫、犬飼の磨崖仏の画像は『まさの写真館』の方にアップしてあります。

そんな思いに浸りながら三重町の中心部からさらに山手の方に車を進めていくと、山の上の方に巨大な「般若姫」の像が目に飛び込んできて目指す蓮城寺が近いことを知らせてくれます。

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門前には土産物店もある広い駐車場も整備されていて、ちょっとした観光スポットといった雰囲気ですが、山門をくぐり境内に一歩足を踏み入れると入母屋造の古びた本堂が霊場の空気感とともに迎えてくれます。
本堂右手に大きな大師堂があり、こちらで納経印をいだだきます。

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蓮城寺の見どころといえば何といっても本堂と見間違うほどの大きさの薬師堂でしょう。
堂内には、中央に薬師三尊、そして両脇には約千体(正確には998体)の薬師如来立像が奉安され、その様は圧巻の一言に尽きます。

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さてこの蓮城寺には、一獲千金の物語「真名野長者」の伝説があり、開基もこの真名野長者だそうです。ちなみに有名な臼杵石仏もこの長者の開基と伝えられています。

余談になりますが、長者に嫁いできた玉津姫は顔に痣があったそうですが、薬師堂の裏手の山中の長者夫婦の墓と伝えられている2基の石造の宝塔の近くにある金亀ヶ淵の水で顔を洗ったところ痣がとれたという言い伝えも残っています。
また、冒頭に書きました「般若姫」は長者夫婦の娘で玉津姫の念持仏の千手観音に祈願したところ授かったといわれ、その観音様は本堂裏手の小堂に安置されています。

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今回、伝説の内容は割愛させていただきましたが、ご興味の湧いた方はネット上に詳しくまとめられたページもありますので検索の上訪ねてみたらいかがでしょうか。

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