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四季折々の花の寺(第四十二番 弘泉寺)

参拝日 2010.4.3

『概略』

えびの八幡山 弘泉寺

宮崎県えびの市大字原田957-1(地図

御本尊 金剛界大日如来坐像

ご真言 おん あびら うんけん ばさら だどばん

弘泉寺は、かつて性空上人や栄西禅師たちが修行していた山並みを含む八幡山に抱かれるように建っています。

大正12年(1923)真言宗の布教所として創建されました。
その後昭和24年(1949年)に八幡山弘泉寺と改称し今日に至っています。

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広々とした駐車場には、ゆるキャラのようなお地蔵さんが点在し愛くるしい笑顔で迎えてくれています。
そして八幡山を背に両脇にタヌキとカエルを従えた不動尊があり、居るだけで心が和み楽しくなってしまします。

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本堂は向かって左手で鉄筋コンクリートの入母屋造です。
その内陣の中央にご本尊の金剛界大日如来が安置されていますが、この尊像も実にユニークで何故か牛に乗っているのです。
この地の周辺は、かつて放牧場で牧神をお祀りしていたといわれていますが、牛馬の安全を祈るため大日如来を牛に乗せたのか、丑年の守り本尊が大日如来ということに関係があるのか定かではありませんが、とても珍しいお像です。

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さてこの弘泉寺で大変印象に残っているのは境内のそこかしこにある花々です。
えびね蘭、鈴蘭、つつじ、さつきなど多くの草花が植えられていて、ご詠歌そのものの光景が広がっていました。

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願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

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ご詠歌 ありがたや 眺むる景色は 極楽ぞ
     賽の河原に 花を手向けん
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歴史に翻弄されて…(第四十一番 天長寺)

さてしばらくご無沙汰してしまいましたが、やっと九州八十八か所百八霊場巡拝もあと残すところ鹿児島の6ヶ寺と結願に向けての福岡県内3ヶ寺4ヶ所となっています。
その間並行して巡っていた福岡県内篠栗の新四国八十八ヶ所霊場巡りは1巡目を結願いたしました。
そのような現況ですので、一日でも早くこちらのブログの記事も追いつかせるように努力したいと思っております。

参拝日 2010.3.21

『概略』

松林山 天長寺

宮崎県都城市都島町1300(地図

御本尊 四臂不動明王坐像

ご真言 のうまく さんまんだ ばざらだん せんだまかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん

都城は、神々が降臨しその頂に天の逆鉾が突き刺さっている高千穂の峰が最も美しく眺めることが出来ると言われています。

かつて老松が茂り、行者が修行していたところと伝わるところに天長寺はあります。
建物は民家風のため寺標が無ければ気づかずに通り過ごしてしまいそうです。

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天長寺の創建は天文7年(1538年)、島津忠相が舜叡和尚を招き島津家の祈願道場として天満宮とともに建立されたのが始まりと言われています。

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三代舜融が聖観音を奉安していて、かつて都城周辺には三十三観音巡礼があって、この天長寺が結願寺だったそうです。(現在は廃絶し札所の所在は定かではありません)
ご詠歌はその時代のものであり、境内には観音堂もあり三十三番の札が掲げられていて往時をしのぶことが出来ます。
また当時護摩堂には恵心僧都作の不動尊が安置されています。
その不動尊は古くは梅北の谷に祀られていましたが、ある日野火によりお堂が焼失してしまいましたが、その後、猟師が犬を連れて猟をしていたところ、桜の木の下で犬が吠えだしたので見上げると不動尊が坐していたそうです。
そこでその不動尊は天長寺に安置され、坐しておられた桜の木を不動桜と呼ぶようになりました。

現在の本尊も不動尊ですが、秘仏となっていて、通常は拝観することは出来ませんが、その作例が極めて少ない四臂(腕が四本)の不動尊で、しかも銅板に線彫りで姿を表している非常に珍しいお像だそうです。

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願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを


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ご詠歌 観世音 大慈大悲をうけてまて
     天地長久の 国家安全
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境内を線路が横切る(第四十番 西明寺)

参拝日 2010.3.21

『概略』

法雲山 西明寺

(宮崎県日南市南郷町中村乙4943-1地図

御本尊 勝軍地蔵菩薩半跏像

ご真言 おん かかかび さんまえい そわか

日南から日向灘に沿ってさらに南下すると南郷町に入ります。
国道から高台に向け民家の間を抜けて少し入ると西明寺の駐車場です。

この駐車場と境内の間にJR九州日南線の線路が横切っていて、境内の中に線路が走っているという感じです。

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西明寺はかつて法雲山延命寺と称していて禅宗の飫肥報恩寺の末寺だったそうですが、明治の廃仏毀釈によって廃寺状態となっていました。

明治末期の瑞泉和尚の時、真言宗の周鏡法印に師事し真言宗の西明寺として復興しました。
そして高野山開創千百五十年にあたる昭和39年に本堂や庫裡などが建てられました。

さらに本堂は昭和59年に改築され、現在の朱色のラインも鮮やかに真っ白なとても爽やかな印象のお堂となりました。

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西明寺の本尊は不動明王ですが、霊場としての本尊に勝軍地蔵菩薩をお奉りしているそうで、また奥の院である近くの虚空蔵島(児島山)には虚空蔵菩薩が安置されています。

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願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜん

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ご詠歌 法の雲 西方浄土にたな引きて
     六道を明らす 南無地蔵尊 
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汗をかき奔走する不動尊(第三十九番 潮満寺)

参拝日 2010.3.21

『概略』

日南高野山 潮満寺

宮崎県日南市油津三丁目2-7(地図

御本尊 波切不動明王立像

ご真言 のうまく さんまんだ ばざらだん せんだまかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん

宮崎市から日南へと向かう道中は左手に日向灘を眺めながらの心地よいドライブルートです。

日南の潮満寺に向かう少し手前に有名な鵜戸神宮があるので、ちょっと寄り道。
(*鵜戸神宮の画像を「まさの写真館」の方にアップしておきましたのでご笑覧ください)

というのも潮満寺は鵜戸神宮とかかわりが深く、その縁起によりますと延暦元年(782年)光喜坊快久が勅命により鵜戸神宮の初代別当となり鵜戸山権現吾平仁王護国寺と称し、十二支院と封内三大寺院を数え隆盛を極めました。
そのひとつに勢海上人が建立した願成就寺があり、その末寺の九か寺の中に長満寺というお寺がありました。

その長満寺は願成就寺の住職経験者の隠居寺という格式高く重要なお寺でもありました。

しかし明治の廃仏毀釈のため願成就寺以下すべてのお寺が廃寺となってしまいましたが、明治33年町内の有志の願いで俊照上人が大師堂の建立を発願し、明治41年落慶入仏開眼を行いました。
その後現在地に移転し、潮満寺と改称し復興しました。

本堂は石段を登ったところに、かつての格式高さを彷彿させるようにどっしりと建っています。

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本堂内にある波切不動尊の石像は圧巻であるとともに、このお不動さんは不思議なことにその身体の部分のみ汗をかいたように濡れることがあるそうです。

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願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜん

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ご詠歌 波不動 波間に浮かぶ 姿おば
     拝みまつりて 今日のうれしさ
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六観音の慈悲(第三十八番 長久寺)

参拝日 2010.3.21

『概略』

蓬莱山 長久寺

宮崎県宮崎市大塚町城ノ下2825番地(地図

御本尊 六観音坐像

ご真言 おん あろりきゃ そわか

宮崎市街から大淀川を渡り、小高い山をバックに長久寺はあります。

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到着すると広々とした境内が迎えてくれます。その奥の高台に宝珠のついた宝形造の屋根の本堂がどっしりと佇んでいました。

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長久寺のご本尊は聖観音・十一面観音・千手観音・如意輪観音・馬頭観音・准胝観音の六観音で、これを本尊としている寺院は極めて珍しいとのこと。
ただ、無住時代があったためか、各尊像の痛みがあり、とりわけ如意輪観音は傷みが激しく、別途保管されていて、拝観できるのは五体の観音坐像となっています。

長久寺は永禄五年(1562年)に当時宮崎の仏教の中心だった伊満福寺(いまふくじ)の珏融(かくゆう)僧正によって創建されました。
明治の廃仏毀釈によって伊満福寺は廃されましたが、長久寺は存続し、一時荒廃はしたものの戦後復興され現在に至っています。

本堂裏手の山は、現在は奥の院となっていて四国八十八か所の石仏が配されていますが、かつてはこの山は土持遠江守宣弘が築いた山城があって「山ノ城」「蓬莱山城」と呼ばれていたそうです。

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願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜん

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ご詠歌 観音の お慈悲は無量長久寺
     導きたまえ 六道衆生
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