FC2ブログ

九州四十九院薬師霊場発祥の地(第三十九番 妙法院)

参拝日 2018.4.14

『概略』
  • 国祐山 妙法院 金峯山修験本宗

  • 佐賀県伊万里市東山代町長浜99-3(地図

  • 御本尊 金剛蔵王権現

  • ご真言 おん ばさら くしゃ あらんじゃ うん そわか

  •     おん ばきりゅう そわか

  • 本地仏 釈迦如来・千手観音・弥勒菩薩

  • 御本尊 黒髪三所大権現

  • 本地仏 薬師如来・阿弥陀如来・千手観世音菩薩

  • 霊場御本尊 薬師如来

  • ご真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


巡礼を続けていると宗派もそれぞれですが、今回お参りをさせていただく妙法院は初めての宗派のお寺です。
以前は天台宗の寺院でしたが、昭和に入り蔵王権現をご本尊の金峯山修験本宗という宗派に改められたそうです。
修験道は役行者を開祖とする神仏習合のわが国固有の信仰です。

唐津街道(国道204号線)から少しだけ逸れた高台に伽藍を構えています。

境内に入ると正面に本堂があります。
扉に鍵がかかっていて堂内を拝見することは叶いませんでしたが、堂前でお経をあげさせていただき、供えられていた御朱印を頂戴いたしました。

49y39-01.jpg

続いて右手にある「医王殿」の扁額がある薬師堂(こちらが霊場札所)に参拝しました。

49y39-02.jpg

薬師堂には「九州四十九院薬師霊場発祥の地」という石碑があり、霊場の創設に多大なる貢献をされたお寺であることがわかります。

49y39-03.jpg

こちらには薬師如来様をはじめ白衣観音様が安置されていました。

49y39-04.jpg

参拝を終え駐車場に戻ると水子観音堂がありました。

49y39-05.jpg

周りは霊域となっていて霊園として供養が行われていました。

49y39-06.jpg

*******************************************************
回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

ご朱印

49y39-00.jpg

ご詠歌

49y39-000.jpg

ありがたや 妙なる法の 国祐山
     あまねく照らす 南無医王殿

*******************************************************

記事下の「コメント」をクリックしていただくと、コメントが投稿できます。よろしければご感想など聞かせていただけると嬉しいです(^^)

*******************************************************
スポンサーサイト



テーマ: 古寺巡礼 - ジャンル: 旅行

タグ: 九州四十九院薬師霊場  遍路  ご朱印  巡礼  妙法院  金峯山修験本宗 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

黒髪三所大権現(第三十七番 東光寺)

参拝日 2018.4.14

『概略』
  • 三間山 東光寺 真言宗大覚寺派

  • 佐賀県武雄市山内町大字三間坂甲14866(地図

  • 御本尊 薬師如来

  • ご真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


ここ東光寺九州八十八か所百八霊場で一度参拝しているのが、参道を上りながら、併設の幼稚園の園庭を見てはっきりと記憶に蘇ってきました。

49y37-01.jpg

弘法大師が黒髪山頂に西光密寺を創建した時、麓に一宇を建立したのが寺のはじまりだそうです。

49y37-02.jpg

鎌倉時代には黒髪三所大権現と称して修験の道場となり、本地仏に薬師如来・阿弥陀如来・千手観音を奉安して武雄領主後藤氏の祈願所として繁栄しました。

再興の折、本尊に薬師如来を祀り、脇仏に阿弥陀如来、聖観音をお祀りしました。

49y37-03.jpg

こちらも明治の神仏分離令により鎮守社の黒髪大権現が分離移転したため衰退を余儀なくされました。
しかし定額位まで昇った名僧の隆堅和尚らにより復興され現在に至っているそうです。

*定額位とは・・・毎年正月八日から一週間、東寺で行われる「後七日御修法」に奉仕する僧侶。この修法は弘法大師直伝の行法で全真言宗の管長・高僧が列席して営みます。

堂内にある尊像の中でひときわ目を引くのが像高20センチほどの観音様です。
印契に十字架を結んでいて明らかに隠れキリシタンの信仰でしょう。

49y37-04.jpg

参拝後、境内に戻るとさすが有田焼の里だけあり有田焼の石灯籠や、精密な金属器などが散在していました。

49y37-05.jpg 49y37-06.jpg

*******************************************************
回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

ご朱印

49y37-00.jpg

ご詠歌

49y37-000.jpg

旭日さす 瑠璃の光りに 照らされて
    いのりささげむ けふのうれしさ

*******************************************************

記事下の「コメント」をクリックしていただくと、コメントが投稿できます。よろしければご感想など聞かせていただけると嬉しいです(^^)
九州八十八か所百八霊場の過去記事はこちらです

*******************************************************

テーマ: 古寺巡礼 - ジャンル: 旅行

タグ: 九州四十九院薬師霊場  遍路  ご朱印  巡礼  第三十七番  東光寺  隠れキリシタン  有田焼 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

600年の歴史(第四十一番 医王寺)

参拝日 2018.4.7

『概略』
  • 芙蓉山 医王寺 曹洞宗

  • 佐賀県唐津市相知町黒岩183(地図

  • 御本尊 薬師如来

  • ご真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


医王寺は中世時代に九州北西部を中心に活躍した武士集団、上松浦党の党首で岸岳城主・波多安房守 源武が無着妙融大和尚を開山に迎え建立された寺院です。

以来現住職で41代目という600年余りの歴史を持つお寺です。

門前には樹齢450年とされる老杉がそびえ、その歴史を偲ばせています。

49y41-01.jpg

石段を上ると山門である医王門が迎えてくれます。

門を潜り境内に入ると立派な藤棚があり、その時期には浄土を感じさせてくれるかもしれません。

49y41-02.jpg

正面には安永年間(1772~81)再建と伝わる本堂がどっしりと構えています。

49y41-03.jpg

堂内には身丈1.5メートル、25年に一度ご開帳される秘仏の御本尊・薬師如来立像が安置されています。

49y41-04.jpg

また左脇壇に奉安された愛染明王は佐賀県下で最も古く、像の大きさも最大級だそうです。

49y41-05.jpg

本堂参拝後、境内を見て回ると諸堂が整然と建ち並び、とりわけ本堂横の開山堂は鎌倉末期から室町初期の建築様式を見ることが出来るそうです。

49y41-06.jpg

*******************************************************
回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

ご朱印

49y41-00.jpg

*******************************************************

記事下の「コメント」をクリックしていただくと、コメントが投稿できます。よろしければご感想など聞かせていただけると嬉しいです(^^)

*******************************************************

テーマ: 古寺巡礼 - ジャンル: 旅行

タグ: 九州四十九院薬師霊場  遍路  ご朱印  巡礼  第四十一番  医王寺 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

緑多き谷あいの寺院(第四十番 来雲寺)

参拝日 2018.4.7

『概略』
  • 天鼓山 来雲寺 天台宗

  • 佐賀県唐津市宇木2072(地図

  • 御本尊 聖観世音菩薩

  • ご真言 おん あろりきゃ そわか

  • 霊場御本尊 薬師如来坐像

  • ご真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


唐津とは唐や朝鮮へ渡る港・津に由来する地名だそうです。
来雲寺はその唐津で神功皇后が三韓征討の際、宝鏡を捧げて戦勝祈願をしたと伝わる鏡山の南麓にあります。

開創当時は曹洞宗のお寺でしたが、明治維新に衰微していたのを山下亮永師により再興されたときに天台宗に改められました。

境内には唐津藩初代藩主・寺沢広高の嫡男で家督を継ぐことなく23歳で早世した寺沢式部太夫忠晴のお墓もあります。

山門(四脚門)前の石表柱脇の広々とした駐車場に車を止め山門をくぐると

49y40-01.jpg

緑に覆われた境内の正面に本堂があります。

49y40-02.jpg

堂内には秘仏であるご本尊の聖観世音菩薩様が厨子に納められ内陣の中央に奉安されています。
そして右手脇壇に霊場ご本尊の金色に輝く薬師如来様がおられました。

49y40-03.jpg

*******************************************************
回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

ご朱印

49y40-00.jpg

ご詠歌

49y40-000.jpg

うつせみの 病を癒す 南無薬師
     浮喜の 深谷に おはしまします

*******************************************************

記事下の「コメント」をクリックしていただくと、コメントが投稿できます。よろしければご感想など聞かせていただけると嬉しいです(^^)

*******************************************************

テーマ: 古寺巡礼 - ジャンル: 旅行

タグ: 九州四十九院薬師霊場  遍路  ご朱印  巡礼  第四十番  来雲寺  神功皇后  佐用姫 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

豊前国分寺(第八番 国分寺)

参拝日 2018.3.17

『概略』
  • 金光明山 国分寺 高野山真言宗

  • 福岡県京都郡みやこ町国分280(地図

  • 御本尊 薬師如来

  • ご真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


聖武天皇が天下泰平と鎮護国家の祈願を込めて行基菩薩に建立を命じた全国68カ所の寺院のひとつが、現在の福岡県東部と大分県北部域の豊前国にもありました。

豊前国分寺が整備された正確な時期については分かっていませんが、七堂伽藍が整備され壮麗な建物群が建ち並び仏教文化が花開いたものと思われます。
さらに平安時代には天台宗や山岳修行を採用して活発な活動を展開したようですが、鎌倉時代以降は国の支援も滞りがちになり衰退し始めていましたし、1500年代後半には大友氏による戦火で伽藍のすべてが焼失してしまったそうです。

その後、真言律宗の僧・英賢により跡地に草庵が構えられご本尊に薬師如来が安置されて真言宗の寺院として再興が図られました。
英賢らは伽藍再興の勧進を豊前各地で行いましたが、これに小倉藩の支援も加わり本格的な再建が進み、明治に入って宝塔である三重塔が建立され往時を偲ばせる復興がなりました。

現在の境内には寛文6年に再建された本堂

49y08-01.jpg

元禄6年の護摩堂

49y08-02.jpg

鐘楼

49y08-03.jpg

などが建ち並び、そして三重塔が聳えます。

49y08-04.jpg

その三重塔の裏手には旧国分寺の史跡がありました。

*******************************************************
回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

ご朱印

49y08-00.jpg

ご詠歌

49y08-000.jpg

天平の 香り伝える 梅の寺
   薬師の功徳 永遠に変わらず

*******************************************************

記事下の「コメント」をクリックしていただくと、コメントが投稿できます。よろしければご感想など聞かせていただけると嬉しいです(^^)

*******************************************************

テーマ: 古寺巡礼 - ジャンル: 旅行

タグ: 九州四十九院薬師霊場  遍路  ご朱印  巡礼  第八番  豊前国分寺  高野山真言宗  三重塔 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

ご訪問者数

プロフィール

リンク

最新コメント

月別アーカイブ