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太宰府をふらふらと・・・

先週末より福岡ベースに戻ってきています。
福岡ではそろそろが咲き始める陽気になりました。

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昨日ほどではありませんが、今日も風が穏やかで日差しが暖かく感じられました。

ところで数年前に始めたダイエットのためのウォーキングを現在は体重維持のために継続していますが、ただその目的だけで継続するのはどこか味気ないですよね。
そこで飽きないためにも何か目的、たとえば買い物とかお遍路とか観光とかと併せて歩くようにして長続きさせています。
九州八十八ヶ所百八霊場や篠栗新四国八十八霊場巡りも結願しましたので、あらたな目的を思いつきその準備を兼ねて今日は大宰府をふらふらとしてきました。

最初は西鉄・都府楼駅から「筑前国分寺」へ。
そして近くの「太宰府市文化ふれあい館」に立ち寄って、弥生時代から古墳時代に用いられたお墓のひとつの箱式石棺を見ました。

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箱式石棺は石を並べて小さな部屋を作り、その中に遺体を埋葬し、何枚かの石で蓋をしたもので、どこか現在に相通じるものを感じます。

さらに足を延ばして、観世音寺

その境内北西には僧玄昉(げんぼう)の墓と伝えられている宝篋印塔があります。
玄昉は奈良時代、遣唐船で中国に渡った有名な僧だそうで

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太宰府市説明板には
『玄昉は奈良時代の僧、阿倍仲麻呂、吉備真備らと共に遣唐船で中国に渡り、在唐18年、玄宗皇帝によって三品に准せられ、紫袈裟を許された。
帰国後、奈良の宮廷で権力を振るったが、天平17年(745)造観世音寺別当に左遷され、翌年、観世音寺造立供養の日に死去。政敵藤原広嗣の霊に殺されたと伝えられている。
と書かれていました。

そして最後は「戒壇院(ご本尊 毘廬舎那仏 ご真言 おん あびらうんけん)」

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この戒壇院は唐の名僧鑑真和上を招いて創建した「三大戒壇(奈良東大寺、下野薬師寺、それに観世音寺)」の一つです。
戒壇とは中央部に石で築いてある壇のことで、出家する者に対して、僧侶として守るべき戒律を授けるための儀式が行われる場所でした。

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江戸時代に観世音寺から独立して現在では博多聖福寺(臨済宗妙心寺派)の末寺となっているそうです。

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しっかりお参りをしてご朱印をいただきました。合掌

さて、国分寺と観世音寺は後日ということで、私の新たな目論見が薄々ばれてますねぇ
では明日は姪浜あたりをぶらぶらと・・・の予定です。
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タグ: 福岡  ぶらり旅  大宰府    筑前国分寺  太宰府市文化ふれあい館  観世音寺  戒壇院  ご朱印  僧正玄昉の墓 

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