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水泉動 | しみずあたたかをふくむ | 七十二候 | 歳時記 | 鏡開き | 十日えびす | 徒歩詣り | えびす銭


記事提供:おふぃす・ふぇにっくす

水泉動しみずあたたかをふくむ

泉 水泉動

松もとれて七十二候は小寒の次候「水泉動しみずあたたかをふくむ)」となりました。
皆さんは良いお正月をお過ごしになられたことと思います。

歳時記を書いていていつも感じることですが、二十四節気も七十二候も旧暦を基準としているせいか実際の季節感と食い違うことも多いです。

しかしこの食い違いの中にも季節を先取りするというか、微かな兆しを感じ取る昔の人たちの感性の豊かさを常に感じさせてくれるようにも思います。

まさに「水泉動しみずあたたかをふくむ」はそんな候の一つではないでしょうか。

ここで言う水泉とは「湧き出る泉」を指しています。これから大寒へと寒さが増してくる季節ですが、地中では徐々に春に向けての準備が進んで少しずつではありますが動き出してくる時節です。

また「動」という一文字に氷から水へ、水から気体へと熱を帯びるにつれ運動量が活発になる分子運動の次元まで込められているのではないでしょうか。

とはいえ、未だに冷え込みが厳しいこの季節まだまだ水はキリリと引き締まった感じが続いています。
しかしながらその水は昔から私たち日本人にとって大きな役割を果たしてくれています。

皆さんもお聞きのこともあると思いますが、「寒造り」「寒仕込み」などお酒や味噌を仕込むのに温度も安定し最初はゆっくりと発酵が進む「寒の水」は大切な要素の一つとなっています。

鏡開き

木槌 鏡開き

さて今日は「鏡開き
「今年一年家族仲良く、健やかに暮らせるように」と松の内に年神様の依り代となっていた鏡餅を下げそこに宿った年神様の魂をいただくという正月の風習の大切な一コマです。
また歯固めの意味合いもあり長寿を願うことにも繋がっています。

鏡開きの由来は、昔、武家では鎧などの具足に供えていた「具足餅」を下げて雑煮などにして食べた「刃柄(はつか)を祝う行事」が元となっています。
女性は鏡台に供えた鏡餅を開くことを「初顔を祝う」と言っていました。

この風習が一般大衆にも広がったのが現代の「鏡開き」です。
今も柔道場や剣道場で面々と続いている「鏡開き」もこれに倣ったものです。

汁粉

このように昔は1月15日の小正月後の武家の行事の「刃柄(はつか)」の語呂合わせから20日に行われていますが徳川三代将軍家光が亡くなられた慶安4年(1651年)4月20日の月命日にあたり忌日のため翌年からは11日に変更になったそうです。

鏡開きが武家の風習がベースとなっているため「切る」「割る」は忌み言葉の為、その当時は今のようにお餅はパックなどには入っていないので冬の乾燥でカチカチに乾きひび割れていたので、それを木槌などでたたき、細かくなったものを手でさらに細かくしていたようです。

ですから現在でも「鏡開き」は割る、切るという言葉を使わずに縁起の良い「開く」という言葉に置き換えられました。言葉一つ一つに言霊の存在を感じ続ける日本人らしい置き換えです。

さらに大事なことはせっかく年神様が残してくれた魂が宿ったお餅です。必ず食べそして残さず食べることが大切だと言われています。

十日えびす

えびす様

さて今日11日はもうそのお祭りの最終日「残りえびす」となってしまいましたが、各地のえびす神社で正月大祭として盛大なお祭りが行われています。

ここで「えびす」とひらがな表記をしたのは、この「えびす」いろんな漢字が充てられているためとりあえずひらがな表記で書き出しています。

その充てられている漢字は
 恵比寿
 恵比須
 恵美須
 戎
 蛭子
と様々ですが、それはお祀りしてある神様が二系統あるからだそうです。
そのご利益といえば
 商売繁盛
 大量満足
 五穀豊穣
 航海安全・海上安全
 開運招福
 学業成就
 歌舞音曲
などなどです。

では何故十日なのでしょうか。

これには諸説あるのですが、有力な根拠としては
1. えびす様の誕生日
2. 西宮神社の御狩(みかがり)神事がもととなった
ため十日になったようです。

九州では三大恵比須と言われて
1. 十日恵比須神社(福岡)
2. 若松恵比須神社(福岡)
3. 今山恵比須神社(宮崎)
が有名ですが、とりわけ「十日恵比須」の正月大祭はニュースなどでも取り上げられています。

その有名な福岡の十日恵比須神社の正月大祭は
 8日 初恵比須
 9日 宵恵比須
 10日 本恵比須
 11日 残り恵比須
の四日間行われます。

沿道にはお店が立ち並び縁起物の福笹熊手、またえびす様の尊像を買い求める人たちを多く見かけますが、一般的には家庭の場合は「福笹」を、そしてご商売をなさっている方は「熊手」を求められると良いようです。

そして福笹の飾り方はその年の恵方(今年は西南西)に向けて飾るのだそうです。その際家人が集まり、その人たちの頭の位置より高い位置に飾るのが良いと言われています。

また熊手は基本的に神棚に飾るのが良いとされていますが、ない場合は玄関や床の間に正面を北に向けないように飾ると良いそうです。

十日恵比須神社の大祭で有名なのものに「福引」「徒歩詣り」「えびす銭」があります。その中で「徒歩詣り」と「えびす銭」について少しお話ししましょう。

 徒歩詣り(かちまいり)

徒歩詣り
写真提供:福岡市

9日の宵恵比須の午後に行われるイベントの一つですが、博多の芸妓衆が島田のビンに稲穂のかんざし、紋付正装の裾引き姿で「かち詣り」の幟を先頭に鳴り物に合わせて十日えびすの唄で囃しながら、東公園入口より行列組んで今年一年の開運、商売繁盛の祈願の為徒歩にて参詣します。

昭和44年までは「宝恵駕(ホエカゴ)」に乗り込み山海の珍味を乗せた5丁の駕を従えて赤い頭巾、赤い法被を着こんだ行事委員長を中心に12人の芸妓衆が駕に乗って「ホイカゴホイ 祭りの福笹なつかしや、献上博多の帯締めて」と笛や太鼓の音とともに威勢のよい掛け声を流しながら市内の目抜き通りを練り歩いた後に参詣したようです。

しかし道路事情や駕の担い手不足のため中止することになり、翌年からは現在の形となりました。

 えびす銭

えびす銭

私も必ずいただいてくるのが「えびす銭
その由来は古来家屋の新築の際、棟上げの日に金銀の箔を押した銭または新鋳した銭を「上棟銭」といって撒いたそうです。

さらに江戸時代になると将軍家に若君が誕生した時や元服した時に祝儀として鋳造した黄金の銭(これを父銭・ふせんと呼びました)や銀の銭(母銭・ぼせん)があり、これが神社仏閣などにも福種銭として盛んに用いられるようになりました。そしてこの銭を授かった人たちが不思議と運に恵まれたことから何時とはなく縁起の良い銭(種銭)と捉えられるようになりました。

ちなみに十日恵比須神社の古くのしきたりに則って「一文銭」が授与されていますが、全国的にも十日恵比須神社だけだそうです。

さて本来「福銭」は「種銭」であり元金として神社から借り受けるものですので一年たったらお返しして、新たなものを授与していただくようにしてくださいね。

 拝殿裏の賽銭箱

皆さんはお気づき、あるいはお詣りをされておられることと思いますが拝殿裏にも賽銭箱があり、大祭の期間中はそこにもお詣りの方々で長い行列か出来ています。

これは「えびす様は耳が遠い」という伝承があるからなのです。「十日恵比須に参ったら社殿をトントンたたけ」とも言われますが耳が遠いえびす様のより近くで大きな音で願い事を告げないとえびす様が聞き取れないという言い伝えからなのです。

はじめてお参りに行かれる方は是非とも拝殿裏でもお詣りを!

大黒様・大国様

だいこく様

さて余談にはなりますが、十日恵比須神社にもえびす様と併せて「だいこく様」もお祀りしてあります。

それは神様の世界では「だいこく様」はえびす様のお父さんにあたる「大国主命」とされているからなのです。

そのご利益は
 富貴栄達
 財運金運
 出世海運
 商売繁盛
 五穀豊穣
とえびす様とも相通ずるとこがあります。

そこでえびす様の尊像と併せて、だいこく様の尊像も求め神棚に飾られている方も多いことと思います。

ただその飾り方ですが、だいこく様を向って右側にえびす様を左側に置くのが正しいそうです。
これは日本古典芸能の舞台の上手、下手にも通じるものであり、大切なもの、位の高いものを右手におくのだそうです。

神社の参詣、お祭りひとつで日本の文化・風習を学んだり身に感じたりすることが出来ますね。
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