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節分 | 豆まき | 柊鰯 | 恵方巻 | 子泣き相撲 | 最教寺 | 風物詩


記事提供:おふぃす・ふぇにっくす

2020年の節分は2月3日です。
さてこの節分、実は年に4回あるのはご存じでしょうか。

節分は季節の移り変わりを的確に掴むために設けられた「雑節」(二十四節気・五節句・彼岸・社日・八十八夜・入梅・半夏生・土用・二百十日・二百二十日など)のひとつです。

その内「節分」というのは季節の分かれ目という意味で立春、立夏、立秋そして立冬の前日のことを指します。

では現代のように節分というのが立春の前日を指すようになったのかは、立春が、もう一つの新年と捉えられていたため、その新年を迎える前日、つまり大晦日(年越し)として四つの節分の中でも最も重要な日となったことが受け継がれています。

春の節分とは

節分 鬼遣(おにやらい)

豆まきなどを行う節分行事は中国より伝わった、宮中で平安時代から大晦日(旧暦の12月30日)に行われている「追儺(ついな)」という鬼(疫鬼や疫神)を祓う儀式(鬼遣・おにやらい)・宮中行事に由来していると言われています。

豆まきの由来

炒り豆 大豆 福豆

最近では住宅事情もあってか豆まきをする家庭も減ってきてはいますが、依然として豆まきは定着した行事として続いています。

一説によれば
「昔、鞍馬山の僧正が谷と美曽路池(深泥池)の端にある石穴から鬼が出てきて都を荒らすため祈祷によって穴を封じて三石三升の炒り豆で鬼の目を打ちつぶして災厄を逃れた」
という由来伝承によるもののようです。

何故「炒り豆大豆)」なのかというと、豆「穀物には生命力と魔除けの呪力が備わっている」と信じられていました。
また豆は語呂合わせで「魔目(まめ)」や鬼の目に投げつけて鬼を滅する「魔滅」に通じるからだと言われています。さらに大豆は昔、収量が多かったことが考えられています。

季節の変わり目には邪気(鬼)が生じやすくそれを祓う悪霊祓いをして一年間の無病息災を願ったため旧年の災厄を負って払い捨てられた豆から芽が出てしまっては都合が悪いのでしっかり炒って芽が出ないようにするという訳です。

豆まきの方法

各地、お祀りしてある主祭神の違いなどでやり方はいろいろあるようですが、一般的には「鬼は外、福は内」の掛け声とともに部屋の内から外に向って撒いていきます。
そして巻き終わったら豆を年の数またはそれより一つ多く食べて厄除けを行います。

柊鰯(ひいらぎいわし)


柊鰯

柊の小枝に焼いた鰯の頭を戸口に挿し、鬼が戸口より入ってこられないように魔除けとする風習です。

柊の葉の刺が鬼の目を刺すことによって鬼が侵入するのを阻止するのですが、鰯の頭については、塩鰯を焼く臭気と煙が鬼が嫌がるためという伝承や逆にその臭気は鬼の好みなのでその臭気や煙で鬼を誘うという言い伝えもあります。

行事食

恵方巻

恵方巻 太巻きずし 丸かぶり寿司

そもそも大阪など一部地域を除いて昔から食べられていたものではないようですが、最近では豆まきをする人より恵方巻を食べられた人の方が多くなったことからメジャーになってますので書き置いておくことにします。

恵方巻とは七種類の具材を中に巻いた太巻きずしで大阪では以前から節分に食べるという風習がありました。
その起源は諸説ありすぎてはっきりとはしませんが花街に集う船場の旦那衆が遊びとして始めたのが、後世に残ったという説が有力なようです。
その大坂ですら1970年代に入り寿司店や海苔組合、厚焼玉子の組合などが販促の為イベントやセールを行ったりして巻きずし(丸かぶり寿司)を広めていく活動した結果から広まったようです。

七種類の具材の定番は「かんぴょう・きゅうり・伊達巻(だし巻・厚焼玉子)・ウナギ(アナゴ)・桜でんぶ・しいたけ煮・プラス1(漬物など)」のようですが、その七種というのは「福を巻き込む」といって「七福神」に因んでいます。
また太巻きなのは逃げた鬼が置き忘れた金棒に見立てて鬼退治という説もあります。

そして節分の夜に恵方(2020年は西南西に向って願い事を頭に浮かべながら無言で一気に食べきると願い事が叶うと言われています。
この無言というのも別の地域では「笑いながら」としているところもあるようです。

今では一般化した恵方巻ですが、これが全国的に広まったのは最近で最初は「小僧ずし」が「縁起巻」として全国展開したのですが、この時は今のようなブームにはなりませんでした。

その後広島県のセブンイレブン入舟店のグループが「大阪の風習」を聞いて仕掛けたところ大当たりして1998年から全国展開し2000年代には急速に広まっていきました。
しかしこの全国展開は1990年代かファミリーマートが最初に手掛けたという経緯もあります。

 その他の行事食

節分鰯
けんちん汁
節分そば

いずれも年越しの行事食に繋がるような気がします。


最教寺子泣き相撲長崎県・平戸市

節分の豆まき行事は九州各地の寺社でも行われますが、とりわけユニークなのは長崎県平戸市にある「最教寺子泣き相撲」ではないでしょうか。

最教寺 長崎 平戸

高野山最教寺
長崎県平戸市岩の上町1206番地

アクセス・松浦鉄道たびら平戸口駅から平戸桟橋行き西肥バスで10分 「新町」バス停から徒歩で5分

大同元年(806年)弘法大師・空海が唐から帰朝した時、初めて護摩を焚いたところといわれています。 その境内は本堂域と奥の院域とがあり、その奥の院域には日本でも最大級といわれる朱色の三重塔や大師の護摩石と坐禅石とがあります。
そしてその三重塔は地下には胎堂巡りができ、第1層から第3層は、資料館になっています。

西の高野山とも呼ばれるだけあって、境内は広大です。一般的に駐車場から脇に入り境内へと進みますが、本来は駐車場より少し下ったところから参道が始まっていて、左右に立ち並ぶ楠並木の間を素晴らしい石段を登っていくことになります。

山門をくぐった正面が入母屋造の本堂です。
ご本尊は一般には「智恵を授かる仏さま」といわれている虚空蔵菩薩様です。
お会いした時はご真言
のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか
を三遍唱えてみたらいかがでしょうか。

さて「子泣き相撲」は、毎年、節分の日に行われる伝統行事です。
土俵(特設台)の上に1歳前後の幼児が母親に抱かれて上がり、行司さんの「ハッケヨイ、南無大師偏照金剛」の掛け声とともにあやしたり脅かしたりして泣き声を競い、しかも早く泣いた方が勝ちという面白いルールで取り組みが進んでいきます。

400年ほど前、赤ちゃんの泣き声が亡霊を退散させたという逸話が起源となっていて、現在では、「泣く子は育つ」という縁起に因み、赤ちゃんの健康を願う行事として、節分の日に毎年開催されています。

尚、参加には予約が必要ですので
予約・お問い合わせは最教寺さん(0950-22-2469)まで
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