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廣瀬 淡窓(4/5)

廣瀬 淡窓って方の名前聞いたことありますか?
日田が排出した儒学者、教育者です。
儒学者といえば、荻生徂徠や林羅山、新井白石、頼山陽が有名ですが、
そんな方たちにも引けをとらない儒学者が「廣瀬 淡窓」です。
もともとは大店の長男として生まれ、大店を継ぐ身であったのですが、生まれもっての病弱。
商家の家督を次男に譲り、自らは学者、教育者の道を歩んだそうです。


 

20081126_095235_1.jpg

 

そして咸宜園(かんぎえん)という私塾を開いたそうです。
その咸宜園には、全国各地から塾生集まり、入門者は延べ4000人を超える日本最大級の私塾となったそうです。


 

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この私塾でもっとも特筆すべきは、「三奪法」といって、入門者は身分・年齢・学歴の三つを奪って、すべて月旦評(今で言う通信簿)の最下級に入れるという、完全平等の実力主義・能力主義をこの時代に行ったことでしょう。


 

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また、晩年まで万善簿(まんぜんぼ)という記録をつけ続けたそうです。
これは、良いことをしたら白丸を1つつけ、悪いことをしたら1つ黒丸をつけていき、白丸から黒丸の数を引いたものが1万になるようにするものだったそうです。
しかもこの悪いことというのは、食べすぎなど非常に些細、シビアなものだったようで、私などではまず黒丸しかつかないと思えるようなものだったそうです。

 

しばし咸宜園にたたずんでいると、こういう環境で学んでいたら、凡人中の凡人である私も少しはマシになったかもなんて思いました(^^)ゞ

 

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