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輪太郎散歩(板付遺跡~筑後国分寺跡3)

御笠川から逸れて水城跡へ立ち寄ります。
博多の方から来ると太宰府市に入ってまもなく不自然に道路や線路を横切って木立に覆われた丘が続くのが見えますが、それが663年白村江の戦いに敗れた後に、唐と新羅の攻撃に備えて築かれた防衛施設です。
全長は1.2kmに及び、基底部の幅80m、高さ10mを越える建造物をすべて人の手で築いた人工の土塁(土の堤防)です。そして名のとおり海側(博多側)に幅60m、深さ4mの堀を造り、水を貯えていたそうです。
ここも最近駐車場も整備され、その周辺はコスモスが一面に咲き、それを見物に訪れる人も多いようです。

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水城で往時を偲びつつ一服した後、筑前国分寺跡へ向かいます。
一見平坦のように見える道ですが、緩やかな昇りで、ダイエットを兼ねてのサイクリングには負荷もかかってピッタリです(^_^;A
創建当時の筑前国分寺は、約200m四方の寺域に金堂・講堂・回廊・七重塔が整然と並んだ伽藍だったようですが、今では発掘によって基礎部分の跡が残すのみとなっています。

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この国分寺跡のすぐ隣、木立の中に「国分天満宮」があります。
太宰府市では、ウォーキング観光の一つとして「歌碑散策コース」もあるようですが、そのコースの中の立ち寄り場所のひとつとなっています。
というわけで、境内には以下の歌碑もあります。

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「大野山 霧立ち渡る わが嘆く 息嘯(なぎそ)の風に霧たちわたる」 山上憶良
訳:大野山に霧が立ち渡っている。私が亡き妻を想って吐く深い深い溜息で霧が立ちわたっている。

さて、国分寺跡は平面的に礎石を残すのみですが、ただ七重塔は、今回の輪太郎散歩のゴール「文化ふれあい館」に1/10の精密な模型で復元されています。
ここには、屋外に箱式石棺なども復元展示されていますが、筑前国分寺七重塔はその復元の細密さには、目を見張るものがありました。

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本日の輪太郎散歩は、往復28kmの工程でした(^^)v

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テーマ: ある日の風景や景色 - ジャンル: 写真

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