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博多節分散歩(1)

 博多の街の「節分」の空気に触れようと、寺社巡りを思い立ち、どうせ出掛けるのならと「山笠」の追い山のコースを辿りながらのブラブラ散歩をしてきました。

 地下鉄の中洲川端から地上に出ると、かつての博多のまちの中心街で、今なお、独特の雰囲気と活気の溢れる「川端中央商店街」に出ます。

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 アーケードのほぼ中央には、常時「飾り山笠」が展示されている「川端ぜんざい広場」もあり、金、土、日とイベントの開催日には、名物店の味を再現したぜんざい(有料)が供されます。

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 商店街のアーケードを抜けると、節分大祭が行われている「櫛田神社」

 地元では「お櫛田さん」と呼ばれ、博多祇園山笠の時には、勇壮な「櫛田入り」が行われ、追い山の出発点となっています。
 境内には、ほぼ通年「飾り山笠」が展示され、また追い山の山笠が櫛田入りの前に待機する「山留め石板」もあり、山笠ムードをそこかしこに感じさせてくれます。

 とはいえこの日は節分大祭。楼門には、くぐって参拝すると福がもたらされるといわれる日本一のお多福の面が据え付けられ、多くの参拝者でごった返してしました。

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 その楼門の天井には「干支恵方盤」もあり、今年の干支「巳」は南南東を示していました。

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 境内に入ると、赤鬼・青鬼も闊歩していたり、豆まき会場があったりと、節分ムード一色です。

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 人にもまれながら櫛田神社を後にして「追い山」ルート歩きのスタートして、まずは東長寺。
 ここも山門には、節分の飾りつけがされていて、境内も多くの参拝客で賑わっています。

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 余談ですが、このお寺は「九州八十八か所百八霊場」の第一番札所で、九州遍路をしている私は何度となく訪れているお寺です。

 さて、山笠と東長寺との関わりは、すなわち櫛田神社との関係を調べてみると、境内にある「六角堂」の由縁から紐解けるそうです。

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 この六角堂、もともとは櫛田神社横(現・櫛田会館)にあった「神護寺」に建立されていたもので、明治の廃仏毀釈の折に東長寺境内に移築されたものだそうです。

 その神護寺は、かつて神仏習合の考えから櫛田神社を管理していて、その上、神護寺は東長寺に属していたという複雑な関係だったようです。
 追い山のコースには、三つの「清道旗」が立てられますが、このような縁起から、その二つ目がこの東長寺に立てられ山笠の奉納が行われています。
 ちなみに清道旗というのは、追い山の回る位置の公平性を期すための、謂わばチェックポイントのようなものでしょう。

 さて山笠は、東長寺の後は「承天寺(じょうてんじ)」へと進んでいきます。

 このお寺は、うどん・そば・饅頭の発祥の地として有名ですが、諸説はあるものの、開山した聖一国師(弁円)が悪疫(疫病)退散の祈祷をした折、施餓鬼棚を担ぎ回り、祈祷水を撒いたのが山笠の始まりと言われています。
 現在でも、7月に入ると山笠の成功と安全を祈願して「夏祈祷」が行われています。
 そして、追い山当日には門前に三つ目の清道旗が設けられ、山笠が回ることが義務付けられています。

 この日は特に参拝者向けの節分行事が行われていないのか、いつもと変わらぬ静謐さが保たれていて、人ごみに少し疲れた私にとって、とても心地よい空間が広がっていました。

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 *明日は「お遍路」を兼ねて飯塚方面をブラブラしてきますので、続きは後日また・・・
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テーマ: 史跡・神社・仏閣 - ジャンル: 写真

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