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仏教の歴史とともに(第八十三番 誓願寺)

参拝日 2013.02.25

『概略』

登志山 誓願寺

福岡県福岡市西区今津851(地図

御本尊 毘沙門天立像

ご真言 おん べいしら まんだや そわか

この日のお参りも元寇などの歴史に触れながらのお遍路になりました。

この地、糸島はその名が示すようにかつては海に浮かぶ島だったそうです。現在は陸続きの半島となっていますが、その東端は海上交通の要所となっています。
また付近には蒙古襲来時に築かれた防塁の跡も残っており歴史ロマン溢れるところです。ちなみにこの日の巡礼先の誓願寺も元寇の折には前原に200年程疎開をしていたそうです。

さて、話が横道に逸れましたが、誓願寺に着き山門を登ると二体の仁王像が迎えてくれます。
その左手に現在の本坊・大泉坊があります。往時は坊も42あったそうですが、現在はこの大泉坊のみが残っています。

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誓願寺の歴史は古く、国宝に指定されている「誓願寺創建縁起」によれば、嘉応2年(1170)仲原氏の娘が丈六の阿弥陀如来像の造立を発願、6年の歳月をかけて安元元年(1175)に寛智法師が建立したと書かれています。

83_02.jpg


仁王像の間の石段を登りきると左手に本堂、さらに左手奥に木々に囲まれるようにして大師堂がひっそりとたたずんでいます。

83_03.jpg

また、本堂右上に登ったところに鎮守の白山権現社が鎮座されています。

83_04.jpg

本堂は鉄筋コンクリート寄棟造とちょっと趣に欠ける感はありますが、堂内に上がればそこに奉安されている尊像は歴史を強く感じさせられる諸像です。

中央には御本尊かと思わせるように阿弥陀如来が座しておられますが、実際は脇にある毘沙門天立像が御本尊です。
このような配置は、元来阿弥陀如来がご本尊だったそうで、毘沙門天が本尊になったのは戦後のことで、その名残かと思われます。

その他にも鎌倉時代の薬師如来、平安時代の菩薩、江戸時代の虚空蔵菩薩、愛染明王と当寺の歴史を物語るように国宝級の尊像が居並びます。

またこの誓願寺は臨済宗の宗祖である栄西禅師ともゆかりが深く、栄西禅師が宗で勉学の後帰国し、ここで逗留していたそうです。
その時に本尊の開眼供養をし、法華経一品経の書写をすすめたそうです。その由来を記したのが国宝の「盂蘭盆一品経縁起」です。

それ以外にも、呉越国王が送られた、陀羅尼が納められた小塔など多数の国指定の重要文化財が誓願寺には伝わっていますが、いずれも現在は太宰府の九州歴史博物館に寄託されています。

札所にお参りした後はこの日の遍路の最後に、誓願寺背後にある毘沙門山(177m)に登り、栄西禅師が毘沙門天を祀ったといわれる奥ノ院、毘沙門堂をお参りしてこの日の巡礼を終えました。

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83_06.jpg

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜん

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