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歴史に翻弄されて…(第四十一番 天長寺)

さてしばらくご無沙汰してしまいましたが、やっと九州八十八か所百八霊場巡拝もあと残すところ鹿児島の6ヶ寺と結願に向けての福岡県内3ヶ寺4ヶ所となっています。
その間並行して巡っていた福岡県内篠栗の新四国八十八ヶ所霊場巡りは1巡目を結願いたしました。
そのような現況ですので、一日でも早くこちらのブログの記事も追いつかせるように努力したいと思っております。

参拝日 2010.3.21

『概略』

松林山 天長寺

宮崎県都城市都島町1300(地図

御本尊 四臂不動明王坐像

ご真言 のうまく さんまんだ ばざらだん せんだまかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん

都城は、神々が降臨しその頂に天の逆鉾が突き刺さっている高千穂の峰が最も美しく眺めることが出来ると言われています。

かつて老松が茂り、行者が修行していたところと伝わるところに天長寺はあります。
建物は民家風のため寺標が無ければ気づかずに通り過ごしてしまいそうです。

41_01.jpg

天長寺の創建は天文7年(1538年)、島津忠相が舜叡和尚を招き島津家の祈願道場として天満宮とともに建立されたのが始まりと言われています。

41_02.jpg

三代舜融が聖観音を奉安していて、かつて都城周辺には三十三観音巡礼があって、この天長寺が結願寺だったそうです。(現在は廃絶し札所の所在は定かではありません)
ご詠歌はその時代のものであり、境内には観音堂もあり三十三番の札が掲げられていて往時をしのぶことが出来ます。
また当時護摩堂には恵心僧都作の不動尊が安置されています。
その不動尊は古くは梅北の谷に祀られていましたが、ある日野火によりお堂が焼失してしまいましたが、その後、猟師が犬を連れて猟をしていたところ、桜の木の下で犬が吠えだしたので見上げると不動尊が坐していたそうです。
そこでその不動尊は天長寺に安置され、坐しておられた桜の木を不動桜と呼ぶようになりました。

現在の本尊も不動尊ですが、秘仏となっていて、通常は拝観することは出来ませんが、その作例が極めて少ない四臂(腕が四本)の不動尊で、しかも銅板に線彫りで姿を表している非常に珍しいお像だそうです。

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願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを


41_03.jpg

ご詠歌 観世音 大慈大悲をうけてまて
     天地長久の 国家安全
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