FC2ブログ

肥前の高野山(第六十一番 高野寺)子宝観音

参拝日 2011.2.5

『概略』

普明山 高野寺

佐賀県杵島郡北方町志久3245(地図

御本尊 十一面千手観音立像
ご真言 おん ばざら たらま きりく

長崎自動車道・武雄北方インターを下りて北方の役場方面へ国道34号線を進むと「シャクナゲ寺 高野寺」という大きな寺標を目印に進むと目指す「高野寺」があります。

弘法大師空海が唐より帰朝後、九州各地を行脚していた折、この地が紀州の高野山に似ていることから「肥前の高野山」と定め、ここに草庵を結んだことがこの寺の始まりと言われています。
その草庵に自ら刻んだ千手観音を本尊として安置しました。

大師は今でこそ穀倉地帯となった佐賀平野の開墾を教示し、そのためには人手を増やさなければとその観音様に祈りを奉げれば子が授かり、安産で元気に育つと申されました。
そのため現在も子宝観音として篤く信仰され、子授け、安産、子育ての祈願がたえません。

そのご本尊、実は文政11年(1828年)不慮の火災に遭い、台座を残して焼失したが、近年新しく造立され、いにしえの弘法大師ゆかりの台座の上に奉安されています。

61-05.jpg

山門には九州八十八ヶ所百八霊場第六十一番札所の他、肥前国西海七福神めぐりの社寺となっているからか、仁王像とともに七福神も祀られています。

61-01.jpg

山門をくぐると堂宇は斜面に沿うように庭園入り口、不動堂、本堂、奥の院(大師堂)、三重の塔(多宝塔)の順に木造の回廊・階段で結ばれています。

61-03.jpg

この本堂は平成18年(2006年)に高野寺開創1200年を記念して新しく建立したもので、以前の本堂も、山門を入って正面、観音堂に隣接して宝形造の茅葺の簡素な佇まいで残っています。

61-04.jpg

61-02.jpg

さてここ高野寺は佐賀多久藩の祈祷寺として代々帰依を受け、残されている古文書には
「いかなる咎人も高野寺の境内に走りそうらえば、その罪許される」
とあり、近世の駆け込み寺の役割もしていた罪障消滅の道場だったそうです。

高野寺さんは「シャクナゲ寺」と呼ばれていて、境内には樹齢300年を超えるものを含み1000本以上のシャクナゲがあり、4月初旬には開花し、5月初旬までシャクナゲ祭りが催されます。
また秋には紅葉狩りを兼ねた参拝客でも賑わうそうです。

*******************************************************
回向文

願わくは この功徳をもって あまねく 一切に及ぼし われらと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

61-06.jpg

ご詠歌

ありがたや 大師が開く 高野寺
     いにしえ語る しゃくなげの風

*******************************************************

記事下の「コメント」をクリックしていただくと、コメントが投稿できます。よろしければご感想など聞かせていただけると嬉しいです(^^)

*******************************************************
関連記事
スポンサーサイト



テーマ: 古寺巡礼 - ジャンル: 旅行

タグ: 九州八十八ヶ所百八霊場  遍路  巡拝  佐賀  武雄市  北方町  第六十一番  高野寺  真言宗大覚寺派  シャクナゲ 

[edit]

trackback --   Comment (0)

PAGE TOP

コメント

PAGE TOP

コメントの投稿

Secret

PAGE TOP

ご訪問者数

プロフィール

リンク

最新コメント

月別アーカイブ